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アーカイブ: 2015年6月

デング熱その後


201506 Spider lily2

201506 Spider lily
ハワイ州保健局の職員の指示に従って、写真のように、家の周りに沢山あったGiant Spider Lilyを切った。葉っぱの根元に水が溜まり、蚊の発生の原因となる。蚊はデング熱の媒体である。

 

退院1週間後の血液検査の結果が出た。相変わらず、肝機能の数値は悪く、白血球・血小板も足りない。毎日9時前には疲れて寝てしまう。毎日10時間は寝ている。

 

先週水曜日に一日かけて、畑の雑草の刈り取りを行った。久々の農作業で疲労困憊。翌日は全身疲労と筋肉痛が重なり、朝からヘトヘト。腰が立たない。ところが、その日は、ブラジル旅行の前から予定していた遠方からの友人とのゴルフ。恐る恐る出かけてみた。スコアーはボロボロだったが、カートで18ホールを回ることが出来た。病み上がり後のゴルフは格別に嬉しい。よく妻はディナーの後に、ケーキは別腹と言うが、私の場合はゴルフは別腰なのだ。ところで、今年のUS Openで病気にも関わらず最後まで優勝争いをしたJason Day の頑張りには共感できた。Dustin Johnsonの最後のパットは気の毒すぎる。

 

さて、数年前にWHO(世界保健機関)が発表したデング熱患者の血液検査の調査を見て驚いた。デング熱のウィルスに感染しても発症しない人、軽度の発症のある人、そして、デング・ショック・シンドロームといわれる重度の発症患者に分けて、肝機能の数値を示している。これによると、私が入院・退院した頃の肝機能の数値は重度のデング・ショック・シンドロームの数値を遥かに超えている。相当あぶない状況だったらしい。医者もあの数値でよく退院を許したものだ。肝臓の状況からすると、まだ、入院していた方が良いとは言われたが、とにかく私は家に帰りたかった。

 

農作業やゴルフを始めた今でも、肝機能は重度の範囲に入っている。退院時よりは数値は3分の1に下がったが、入院時よりも3倍高い。いまだに重症ということらしい。回復期の疲労は大敵らしいので、畑仕事は1日4時間以内に抑えて、ぼちぼちやっている。重いものを持ち上げると、右のわき腹が痛む。医者が肝臓が腫れていると言っていたことを思い出すと、余計に、わき腹が痛む気がする。気にしないようにしている。

 

デング熱には4種類あり、私が罹ったのはタイプ1。めでたくタイプ1の免疫は獲得したが、違うタイプの免疫はない。しかも、次に違うタイプに罹ると、初めて発症する場合よりも重篤になるらしい。ハワイにはデング熱のウィルスを持つ蚊はいないとされているが、万一の事を考えて、蚊に刺されないようにする必要がある。前述のようにGiant Spider Lilyも切った。

 

しかし、従来から畑仕事をしていると、顔中を蚊に刺される。もう、慣れっこになっているが、それではいけない。虫除けスプレーやクリームを顔に塗って、蚊に刺されないように注意が必要。

 

農作業をしていない時でも安心はしていられない。家でゆっくり読書をしている時に、妻にいきなり顔をひっぱたかれた。めがねが飛んで歪んでしまった。顔に蚊がとまっていたと彼女は主張するが。。。。。。

 

 

 

ブラジル旅行顛末 2015年6月 デング熱


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5月19日から妻とブラジルへ行った。友人と会い、その後、コーヒー農園視察ツアーに参加した。コナとブラジルでは気候が随分違うので、コーヒーの生産の仕方も違ってくる。それぞれの気候にあった生産の方法があり、とても興味深いものであった。

 ブラジルといえば、フルーツと肉。そこで、毎日の食事もフルーツ、肉、フルーツ、肉、フルーツ、肉、肉、肉、にく~、というような食生活を続け、無事ツアーは終わった。

5月31日に帰国。ところが、帰国直後から、体中が痛く、食欲がなく発熱が続き、寝込んでしまった。

 緊急病院に行こうかと思ったが、アメリカの病院では39.4度以下(103度)は受け付けない。実際、NYに住んでいたとき、高熱が出たことがあった。東京へ出張する前日。たまたま、飛行機の席がファーストクラスにアップグレードされた。生まれて始めてのファーストクラス。これを逃すわけにはいかないと、無理をして出張の準備を進めた。夕方、家に帰ると熱が40度を超えた。さすがに、病院に行った。すると、待合室で3時間以上も放って置かれて、ついに熱が41度を越え42度に近づいている。倒れて歯をガチガチいわしていたら、やっと看護婦がやってきて、「どうしてもっと早く来なかったの?」などと言われながら、中に入れてもらった経験がある。うわごとのように、「明日のファーストクラスには乗れますか~?」と医者に質問していたらしい。当然、出張はキャンセル。うかつに病院に行って酷い目に合った経験がトラウマになっている。

 6月4日に、耐え切れずに、病院に行った。体中が痛くて、下痢と熱があり、しかも、咳がでない。これはただのインフルエンザではないと感じていた。

検査の結果、高熱のうえ、白血球と血小板の減少に肝機能の低下があり、なんらかのウィルス性疾患で、中でも、黄熱病が疑われるとの診断だった。

ほとんど体の抵抗力がなくなっており、輸血が必要なほど危険な状態だったので、急遽、その夜に、ホノルルの大きな病院へエアー・アンビュランスで空輸された。

もし黄熱病ならハワイ州で初の症例だと医者たちは少し興奮気味。

飛行機のパイロットと看護師も黄熱病の予防接種を受けている人を非番にもかかわらず呼び出して運んでもらった。

ハワイ島のワイメア空港まで救急車で運ばれ、そこから小型機でホノルル空港へ。飛行機の中は集中治療室のような設備。ホノルル空港へ着陸する際には、私の乗った小型機は最優先で滑走路へ直行。その間、大勢の観光客を乗せた大型飛行機が飛行場の周りを何機も待機・旋回しているのは壮観であったと妻は言うが、私は担架の上で、ガタガタ震えているだけで何も覚えていない。

ホノルルの病院では、すわ、黄熱病かと、隔離病棟が用意され、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)の役人までが待機していた。

珍しい患者だということで、連日、次から次へと、医者やインターンや医学生が見にきて、はっきり言って、人生で今が一番人気者という状態。

何人の医者の訪問を受けたかは、覚えていないが、どの医者も病室に入ると「君かあ、珍しい患者というのは」と言いながら同じ質問をしてくるので、こっちは閉口気味。

でも、こんなに人気があるなら、小学校の図書館にある子供用の偉人伝の本になって、野口英世の隣に置いてもらえる日も近いかもと、高熱で薄れる意識の中で思ったものだ。

 3日ほどたつと熱も下がり、だいぶ楽になった。マスクをすれば、病室の周りを歩いてもよいとのお許しが出たので、散歩に出かけた。廊下を挟んで隣の部屋には屈強な付き人が付いているのでよっぽどのVIPがお忍びで入院しているのか。隣人に恵まれたと思っていたら、彼も散歩に出てきてビックリ。足に鎖を付けて手錠をかけてのお散歩。どうやら、刑務所で心臓発作になって、運ばれてきたらしい。

 8日の晩になって、検査の結果が出て、デング熱と診断された。なーんだ。デング熱ならハワイでも年に2~3人は発症するわ、と、急に人気がなくなった。白血球も血小板も正常値に戻った。肝臓の数値は一向に改善されないが、デング熱ならば大丈夫と、9日には、退院することになった。退院する際に担当の伝染病専門医が、とっても嬉しそうな顔で部屋に入ってきた。私が急速な回復を遂げたことが、そんなに嬉しいのかと思ったら、「ハワイでは、デング熱は年に2~3人くらいしか発症しないのに、今日、これからまた一人デング熱患者が搬送されて来るんだよ。今度はタイからの帰国者だって」と、とても嬉しそう。 

 そして、ハワイ島に帰ってきた。いまだ、体中、湿疹だらけだが、もう熱はない。肝臓の回復は遅れているが、徐々に回復するらしい。1~2ヶ月程度は疲れが残るらしい。すでに、蚊に刺されても他に感染する可能性はない。うちの農園が、代々木公園のように閉鎖されることはないだろう。それでも帰宅翌日には衛生局の検査官が3人もやってきて、蚊やぼうふらが湧いてないかの検査をしていった。近所の家々にも訪問して注意を促したようだ。だから、デング熱は近所にすぐばれた。

 黄熱病もデング熱も蚊が媒体で感染する。ブラジル旅行中は長袖、長ズボン。半そでの場合は虫除けのスプレーをして、虫刺されには充分注意をしていた。事前に肝炎と腸チフスの予防注射をしていったし、サラダや生水は避けていた。ところが、実はブラジル旅行の始めの頃、5月24日にサンパウロのホテルの室内ジムで運動中に蚊に刺された。それが刺された唯一だ。うかつにも半ズボンをはいた。サンパウロではデング熱が大流行、100人に1.5人の割合で感染するほどの大流行だそうだ。それでも、ブラジル滞在中は発症せずに済んだ。実際に感染しても8割くらいの人は発病しない。ところが、さすがに、帰りの22時間のフライトは体にこたえたようだ。帰国直後から体調が悪化し、今回の顛末となった。とっても貴重な教訓となった。何が教訓って、健康のためにジムに行くのも命がけということ。ちがうか。。。

 しばらくは自宅療養します。

コナコーヒー農園便り 2015年6月号


201506 Sugar
 SCAA(Specialty Coffee Association of America)はコーヒー豆の質を評価するための基準を設けている。その評価項目には、香り、均質性、クリーンカップ、甘さ、風味、酸味、こく、後味、バランス、全体評価などがある。それぞれの項目を点数化し、それを足し合わせて総合評価とする。

 コーヒーは農産物だから、産地・気候によって味が異なる。実に多様だ。SCAAの評価基準は多様な特徴を評価するのに役立つ。客観的な基準を作り、共通の言語を確立して、近年のサードウェーブの隆盛に貢献した。しかし、生産者である私は、この基準には違和感を覚える。なぜなら、クリーンカップが多くの項目の中の一つとして扱われているから。私はクリーンカップを他の項目よりも、重要な項目と考えている。

 クリーンとは異臭がない上に、渋み、えぐ味、苦味などの雑味がないこと。世間にはコーヒーの飲めない人、砂糖・ミルクなしでは飲めない人が多い。これは、大抵は雑味が強い(クリーンでない)からだ。他の評価項目、つまり、香り、酸味、バランス等々が劣るから飲めない訳ではない。正しく育てたコーヒーは雑味がない。さわやかで透明感があり、ブラックでも飲みやすい。ゴクゴクと飲める。これだけ多くの人をコーヒーから遠ざけている雑味を表す指標が他の項目と同等に扱われるのはどうしたことか。

 雑味の強いコーヒーを飲むと、歯を磨きたくなる感覚が口の中に残る。煙草を吸うと、口の中に嫌な渋みが残るのと似た感じだ(ちなみに、私は25年前に渡米を機に禁煙した)私は学生時代から、粋がってブラックで飲んだ。コーヒーに砂糖やクリームを入れるなんて味覚がお子様なのだとさえ思っていた。今にして思えばとんでもない。雑味だらけのコーヒーが一般的だったのだ。砂糖やクリームを入れる人こそ、まっとうな味覚の持ち主だ。最近は良質のコーヒーが浸透しつつあるが、まだまだ、砂糖・ミルクなしでは、とても飲めない雑味の強いコーヒーが巷に溢れているのは残念なことだ。

 そして、クリーンカップこそが、農家がいかに上質のコーヒーを作ろうと努力しているかを表す指標だ。他の評価項目は、畑の立地条件、その年の気象条件に左右される。お天道様のご機嫌しだいで味が変わる。しかし、クリーンカップはそういった自然環境頼みの項目とは一線を画す。コーヒーを健康に育て、健康な実だけを丁寧に収穫し、きれいに乾燥させる事がクリーンカップへの鍵だ。農家の努力の結晶だ。

 なかでも、重要なのは収穫。しかし、収穫は殆どの産地で、季節労働者か機械が行っている。農園主が自ら収穫をする農園は稀だ。それは、コーヒー摘みが肉体的、精神的に辛いからだ。コナの収穫の主な担い手はメキシコからの移民。極端な例では、コナの農園ではメキシコ人が摘み、メキシコの農園ではグアテマラ人が摘み、グアテマラの農園ではホンジュラス人が摘む。誰もコーヒーなんか摘みたくない。

 季節労働者は摘んだ重量で賃金を払われるから、きれいに摘むインセンティブは働かない。クリーンカップは、かくも不安定な構造の上に成り立っている。だから、クリーンなコーヒーは珍しい。ゆえに、多くの評価項目の1つに格下げしないと、多くのスペシャリティーコーヒーが足きりされる。これでは商売にならない。

 うちでは農園主の我々が主になってコーヒーを摘む。クリーンなコーヒーを作りたいから。ここ数年、コーヒー摘みばかりしているから、ゴルフの調子が悪い。村の長老、87歳のモーリス木村さんにさえ笑われる惨状だ。実に嘆かわしいが、モーリスさんは、うちのコーヒーだけは褒めてくれるから良しとしよう。