201402 Mochitsky

 中学校の英語の授業で、挨拶は“How are you?”  “I am well, thank you”と習った。少し、くだけてアメリカ流に“I am fine”と答えても良いとも教わった。伝統的イギリス英語ではHow are you?は、相手の健康状態を尋ねているので、答えは、心身ともに具合はいい(I am well)となる。アメリカ流I am fineは少し的外れな感じがする。ところが、NYで暮らすと誰もそのような英語を使わない。“What’s up, Man?”  “Nothing”などくだけた挨拶がまかり通っていて、I am wellなどと挨拶をしたのは私の部下のインド人ぐらいだ。

 コナの日系の老人たちにも独特の挨拶がある。道で会うと秋から冬は“Picking coffee?”(コーヒー摘んでますか?)、春には”All pau?” (今年のコーヒー摘みは無事終わりましたか?Pauとはハワイ語で終わるの意)と、いかにもコーヒーの村ならではの挨拶。それも、すごいピジン英語訛りなので趣がある。訛っているなんてもんじゃない。海女のアキちゃんの「じぇじぇじぇ」以上だ。NHKにお願いして北三陸市と姉妹都市になりたいものだ。ちなみに冷たい海洋深層水で養殖するアワビはコナの名産品。母貝を三陸から持ち込んだ立派な蝦夷アワビ。

 かつては日本人町だったコナも近年は観光地化し米国本土からの移住が増え、日系人はむしろ少数派になっている。“Picking coffee?”は父祖の代からのコーヒーをハワイ訛りで語ることで、地元の同胞意識を再確認する。しかし、これは良く考えると、老人同士がコーヒーを摘めるほど健康ですかということを訊いている訳で、まさに相手の健康具合の尋ねる正統派英語に沿った挨拶といえる。

 コナの英語には多くの日本語が残っている。例えば、コーヒーをメリケン・コッペ(アメリカコーヒーという意味)という。そのほかにも、

Hoshidana(乾し棚)           コーヒーを乾燥するデッキ

Kagi(鉤)                            コーヒーの枝を引っ掛けてたわませるフック

Mushiro(筵)                       コーヒーを乾燥するときに地面に敷くタープ(防水布)

Hinoshi(火熨斗)                アイロン

Mochitsky(餅つき)        ロシア人ではない Daikonzuri(大根おろし)をつけて食べる

Go shi shi                                トイレに用足しに行くこと

Taran                                       短い 足りない    

Taran taran                              まぬけ(二つ重ねると知恵が足りないの意)

Kotton-kun(コットン君)という言葉がある。アメリカ本土に住む日系人を指す悪口。頭の中が空っぽだから、転んで頭を打つと、コットンと音がするらしい。かつて、コーヒー畑や砂糖きび畑で働いていたハワイの日系2世・3世は、真っ黒に日焼けし、すごく訛ってる。数をかぞえても、「One, Two, Tree」、thを発音しない。一方、カリフォルニアなど本土の日系人は色白で洗練された標準英語を話す。ハワイの日系人はずいぶん劣等感を感じたようだ。Kotton-kunという悪口はその劣等感の裏返しの対抗意識だと思う。

現在の若い世代の日系人は標準語もハワイ訛りも使い分けができる。あなたの英会話教室の先生がハワイ出身の日系人でも心配はいらない。たぶん。一方、日本的な考え方も受け継いでいる。彼らは、傾向として、礼儀正しく、忍耐力があり、思いやり深く、しかも質素倹約的だ。日本語を話せない若い世代でも、会話の中に、”Shikatanai”とか“Mottainai”などの単語が使われる。英語には対応する単語や概念がないので日本語の単語が使われるのだ。明治の移民の気質が世代を超えてこの地に保存され、もう日本ではすっかり忘れ去られたことが、ここに残されている。