モーハワイ☆コム

カテゴリー:農園便り

ドイツのコーヒー


201912 Lindenbaum1 201912 Lindenbaum2 201912 Lindenbaum3 201912 Lindenbaum4
3年前にドイツ製のバスタブを買った。選んでいたモデルが購入直前に製造停止となった。飛行機のマイルを調べると、2万5千マイルでドイツへ行ける。これはお得。それに、風呂桶を買いにハワイからドイツへという、馬鹿々々しさが洒落ている。ホテルも予約せずに4日後には妻とドイツに飛んだ。

2週間の旅だが、初日に買い物は終了。残りの2週間は気ままなドイツ観光となった。ドイツのコーヒーは美味しい。これには驚いた。ホテルや街角や駅の売店の普通のコーヒーが美味しい。焙煎や抽出というよりも、豆が良い。列車に乗る前に駅のキオスクでコーヒーを買ったら、割と質の良いナチュラル製法だった。キオスクにしては相当な自己主張だ。こういう街角の普通のコーヒーの豆が自己主張するのは、米国や日本にはない文化。

スペシャリティーコーヒーの店のレベルも高い。店主自ら産地へ通う。また、欧州各国の商社や同業者とネットワークを持ち、マイクロロットの豆を仕入れる。焙煎・抽出・硬水の処理のこだわりもさることながら、豆の仕入れに自らの存在価値を置いている

流石はドイツ。1683年にトルコ軍がウィーンを包囲して以来のコーヒーの歴史と文化がある。日本人がせっせとお茶の文化を育んでいた頃から、コーヒーを飲み続けていることだけのことはある。国全体でコーヒーのレベルが高いと感心した。

さて、話は変わるが、先月号で、うちのコーヒー畑に菩提樹を植えたと記した。実は、このドイツ旅行で、ミュラー作詩、シューベルトの作曲「菩提樹」のモデルになった菩提樹がドイツの田舎町にあるというので寄ってみた。

泉にそいて 茂る菩提樹

したいゆきては うまし夢見つ

みきには彫(え)りぬ ゆかし言葉

うれし悲しに 訪(と)いしそのかげ

有名なこの近藤朔風の訳詞でずっと疑問に思っていた。この泉はどれ位の大きさで、それに沿って何本くらいの菩提樹が植えてあるのか。吉祥寺生まれの私は、井の頭公園のような細長い池の畔に、菩提樹が一列に並んでいる光景を勝手に想像していた。

ところが、なんと、その泉は1m四方ぐらいの井戸。その隣に一本の菩提樹。実はドイツ語だとそれが明白。歌の出だしはAm Brunnen vor dem Thore Da steht ein Lindenbaum(城門の前の井戸に一本の菩提樹がある)。この詩は、恋に破れた青年が町を捨て、いよいよ城門を出て菩提樹の脇を通り過ぎるとき、かつて恋人と菩提樹の幹に愛の言葉を落書きした思い出がよみがえるという内容。実に「泉に添いて茂る菩提樹」は名訳だが、泉とは井戸。しかも、「沿いて」でなく、「添いて」。私は全く勘違いをしていた。ドイツの涼しげな湖畔の菩提樹並木を歩く情景を想像していた私は、40年以上も間違ったイメージで口ずさんでいたかと思うと恥ずかしい。

ちなみに、亡父が旧制二高時代にドイツ語の授業で、この詩を訳せと当てられて、近藤朔風の訳詩をそのまま朗々と詠じて、ドーっと、クラス中の喝采を浴びたと言っていた。昔の高校生は随分レベルが高い。ドイツのコーヒー並みだ。

http://yamagishicoffee.com/

ペニーの使い道


201910 copper
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」。この時期、コナのコーヒー畑にも同じようなことが起きる。コーヒーの実がたわわに生ると、重みで幹が曲ってしまう木がある。農園によっては、竹の棒でつっかえ棒をして支えたりする。

稲穂の格言は、徳を積んだ人ほど謙虚という意味だろう。アメリカ人も成功者ほどフレンドリーで人当たりが柔らかい。功成り名遂げる人の特徴は万国共通かもしれない。

ところで、ウォール街のトレーダーの間には、変わった迷信がある。通勤途中で道にコインが落ちていたら必ず拾うというもの。歩きながら、自然と頭も垂れる。

トレーダーには、ドーンと大きく賭けて、ガーンと損してアララーとなっても、次には、ドドーンと倍返しで賭けて、ドッカーンと大儲けして、ワッハハ―!というタイプの人もいる。だが、そういう人は稀で、たいていのトレーダーは、特に債券トレーダーに多いが、市場の僅かな価格差を見つけてはコツコツと鞘を取って稼ぐ。まさに、地面に落ちた1セントや5セントコインをコツコツと拾い集めるような地道なスタイルだ。だから、通勤途中でもコインを拾う。もし拾わないと、運が尽きて細かな鞘取りのトレーディングの機会を見失うかもしれない。強迫観念からくる一種のゲン担ぎだ。

こういう人たちは、病気みたいに拾う。たとえ、ビリオネア―になって伝説の投資家と呼ばれるようになっても、その癖が抜けない人もいる。

思うに、道端にペニー(1セントコイン、約1円)を落とすほど、無駄なことはない。ペニーは銅製で日本の10円硬貨と同じ色だが1円硬貨より小さい。落とした人は1セントの損をする。拾う人にしても、体の固い私には、ヨッコイショと腰を屈めるだけでも、1セント以上のエネルギーを消費しているように感じる。おまけに、ぎっくり腰のリスクもあるし、どんな病原菌が付いているか知れず、衛生上のリスクも抱えるので割に合わない。一方、米国政府は額面1セントのペニーを鋳造するのに1.7セントのコストをかける。誰にも拾われずに地面で朽ちたら、政府が使った1.7セントは全くの無駄になる。つまり、落とした人も、拾った人も、政府(納税者)も全員が損をする。

まったくペニーは厄介者だ。お隣のカナダでは、数年前にペニーの製造を停止した。日本で1円硬貨を鋳造停止にするようなもので英断だ。カナダのトレーダーはペニーを拾うコストとリスクから解放されたことになる。

さて、頭を垂れたコーヒーの木である。去年、コーヒーの栄養学の教授がブラジルから私どもの農園に視察に来た。ついでに、あちこち案内もした。コナのコーヒー畑の多くの木がたわんでいるのを見て教授は驚いた。彼によると、幹がたわむのは、微量栄養素の銅の不足が原因。植物は幹が多少たわんでも、真直ぐに戻るようにできている。ところが、銅が不足すると復元能力が失われて、一度たわむと元に戻らなくなる。

ブラジルでは機械で収穫するので幹がたわむのは大問題。銅不足にならないよう注意を怠らないらしい。ところがコナは手摘みなので、高い所の枝の実を取る際には、幹をフックで引っ掛けて、わざとたわませて手元に手繰り寄せて摘む。少しくらい、たわんでいた方が都合がよいから、たわませっぱなしだ。

でも、たわみ過ぎて地面に着くと困る。地面は湿気が多すぎて実が傷む。そこで、今年は、たわみ過ぎの木の周りには、銅でできたペニーをまいてみた。厄介者のペニーの有効活用だ。製造原価よりも安く取得できるからお得だし。でも、NY時代の同僚が遊びに来て、全部拾われちゃったらどうしようというのが悩みの種だ。

http://yamagishicoffee.com/

理想のコーヒーの味


201909 cherry
いよいよコナ・コーヒーの収穫が始まった。1月まで続く。体重が何キロも落ちるダイエットの数ヵ月でもある。ただ、肉体的には辛くとも収穫は充実感がある。

収穫が始まると忙しくて訳が分からないうちに年を越してしまうので、今のうちに今年を振り返ると、今年、嬉しかったのは、吉幾三さんブランドの珈琲に私どもの豆を採用していただいたこと。それと、市川海老蔵さんが、一時期コーヒーに凝って、そのきっかけとなったのが私どものコーヒーだったこと。彼のブログの写真からの私の勝手な解釈だが。ともかく、成田屋さんに気に入っていただけるだけでも光栄で生産者冥利に尽きる。

生産者冥利といえば、以前、都内で私どものコーヒー豆を扱っていただくお店にこっそり見に行った際に、順番待ちで並んでいたら、目の前の着物姿のご婦人が、腰を屈めてショーケースに並ぶコーヒー豆を覗き、「ハワイの山岸コーヒーをください」と言った。店員が「山岸コーヒーはすぐに売り切れたので在庫がありません」と答えると、「あら残念。あんなに美味しいコーヒーは初めてだったので、お友達に差し上げようと思ったのに」と聞こえてきた。こんな場面に遭遇できるなんて、本当に嬉しい。

こんな身に余る体験をしたうえに、さらに私には夢がある。実に欲深い。それは、ドラマ「相棒」の杉下右京に山岸コーヒーを飲ませること。ドラマのオープニングで杉下右京が自分の机の上でコーヒーを淹れている。そこに隣の課の角田課長が「暇か?」と入って来る。コーヒーに驚き、「警部殿、遂に紅茶からコーヒーに宗旨替えか?」と尋ねる。すると、「いえね、最近、理想のコーヒーに出会ったもので。今までこのコーヒーに気が付かなかったとは、僕としたことがうかつでした」と答える横に、さりげなく山岸コーヒーが置いてあるという設定。さらに、「おや?」「妙ですねぇ」などと呟きながら、コナコーヒーの流通量は生産量よりも多いという産地偽装事件を掘りだす。そして、山岸農園の味を知る右京は、次々と本物と偽物を見分けて、みごと事件を解決するというストーリー。コーヒーを摘みながらこんな妄想にふけると、重労働も結構楽しい。

空想ついでに、私には追い求める理想のコーヒーの味がある。それは、全盛期のルチアーノ・パヴァロッティが歌うNessun Dorma(誰も寝てはならぬ)のようなコーヒー。Nessun Dormaはオペラ「トゥーランドット」のアリアで、パヴァロッティがトリノ五輪の開会式で歌った曲。偶然にも同五輪のフィギアスケートで荒川静香さんが金メダルを取った時の曲と言えば日本人には馴染み深いだろう。イナバウアーの瞬間の「タララララ、ラーララー♪」という例のメロディーだ。

パヴァロッティが歌うNessun Dormaのように、何も邪魔するものがなく澄み渡った透明感、天高く、どこまでも明るく、輪郭のはっきりした甘み、そして、ボリューム感があって情熱的。そんなコーヒーを作るのが理想だ。

なぜ、それを求めるかというと、コーヒーは完璧に育てると、そういう味になる。それがコーヒー本来の味だから。そのためには、その年の天候に恵まれるだけではなく、土とコーヒーの木を健康に保ち、病害虫から守り、秋には健康的に赤々と熟した実だけを丁寧に摘み、それを洗って、きれいに乾燥させる。さらに、比重の軽いものや欠陥豆を丁寧に取り除くなど、年間を通して様々な作業の積み重ねが必要となる。

パヴァロッティの歌声の域に達するのは、かなわぬ夢かもしれないが、一歩でも近づいて、杉下右京や市川海老蔵さんを唸らせたいものだ。もっともっと、クリーンで透明感のあるコーヒーに「なりたやー!」

http://yamagishicoffee.com/

コーヒー豆のハンドソート(手選別)


201908 hand sort
コナコーヒーは生豆が綺麗なのが特徴。コーヒー豆はすべてが健康に育つ訳ではないので、生産の各工程において、欠陥豆を取り除く作業を繰り返す。

まず、コーヒーの木を健康に育てる。そうすれば不健康な欠陥豆の比率は減る。害虫対策も行い、虫食い豆の増加を防ぐ。なかでも、コーヒーの生産で最も重要で、かつ難しいのは健康に完熟した実を選り分けて摘むことで、ここが農園主の腕の見せ所。

さらに、収穫後の精製所でも選別は続く。まず、実を水に通し浮いてくる比重の軽い実は取り除く。果皮と果肉を取り除いた後に、再度水に漬けて浮いたものは取り除く。

パーチメントを割ったら、サイズ分けし、極端に大きい物や小さいものは取り除く。次に比重テーブルで比重の軽い豆は取り除く。当農園では採用していないが、農園によっては色選別機で、変色したもの、虫食い跡のある豆を取り除く。

8年前にCBBという害虫がコナに上陸して、虫食い率が上昇した。多くの産地では殺虫剤で対処するが、アメリカは農薬の規制が厳しいので使えない。さらに、他の産地でハンドソート、つまり、人が手作業で欠陥豆を取り除くが、コナでこれをする農園はない。ハワイは人件費が高いので、機械による欠陥豆の選別が主だ。

例外はコーヒーハンターの川島良彰氏の会社のシャンペンボトルに入ったコナコーヒー。毎年、何人もの社員と一緒にコナに来てハンドソートする。飛行機代やホテル代を払って何日もやるから利益は出まい。相当なこだわりだ。

うちの農園も、害虫が上陸した最初の年は、妻と手作業で欠陥豆を取り除いた。すると、麻袋1袋(100ポンド)を選別するのに1週間。3袋で力尽きた。我々の年間生産量は多い年は約50袋なので、全部で丸一年かかる。無理だ。

そこで、開花と収穫の間の春から秋にかけて、全ての木の全ての枝の全ての実を見て、虫食い豆は収穫する前に取り除く事にした。虫は級数的に増加する。増えた後で取り除くのではなく、増える前に取り除く作戦。これで虫食い率がコナで最小になった。けど、手間がかかりすぎるので、コナでこれをする農園は他にないし、たぶん世界にもないだろう。

ところで、日本のテレビや雑誌で、喫茶店のマスターや焙煎士が焙煎前に、生豆を手で選別して欠陥豆を取り除く光景を見かける。日本人マスターの良心的で真心やこだわりを感じさせる感動のおもてなしシーンだ。しかし、経済学的に見れば、これほど、ばかげたシーンはない。本来は、人件費の安い生産地で選別すべき。わざわざ、粗悪のまま日本に運び、何十倍も人件費の高い日本で選別しては割に合わない。マスターの真心には頭が下がるが、地球全体で見れば、効率的な資源配分とはいえない。

コーヒー生産国の労働者の賃金は信じられないほど安い。消費国がコーヒー一杯に1円くらい余分に払って、その分を産地でハンドソートに充てれば、労働者の収入は何倍にもなるし、日本のマスターも真心を安売りしないで済む。その方が効率的な資源配分で、品質は上がるし、コストは下がり、コーヒー業界の生産性は向上する。

ただし、コナは例外。日本よりも人件費が高い。ハワイでは世帯年収740万円で低所得者層、465万円で貧困層とされる。これはオアフ島の統計だがコナも高い。だから、コナコーヒーが害虫被害で流通量が減ったと、あまり怒らないで頂きたい。えっ?他の産地のようにハンドソートしろって? この際だから、思い切って言っちゃうけど、あんたら日本人の人件費はハワイよりもずっと安いんだから、そっちでやってよ。ハハハ!

人件費高騰のおり、ご理解賜りますよう、村を代表してお願い申し上げます。
http://yamagishicoffee.com/

昼間でも金星の見える男、船附さん


201907 Funatsuki san
NY時代、トルコ人の同僚がいて、ビックリするほど頭脳明晰。エクセルの単純な数式とマクロを組み合わせて、複雑なポートフォリオ管理システムを構築した。パーツが単純な数式ゆえ、状況に合わせて、日々改良できる。全部手作りな所がすごい。加えて、単なる数学・システム屋ではなく、企業分析能力も優れているので、やがて、Bricoleurというヘッジファンドにパートナーとして転職していった。

ところで、Bricoleurとはフランス語でブリコラージュする人という意味。フランスの構造主義のレヴィ・ストロースの唱えたブリコラージュとは未開の人類が持っていた能力で、ありあわせの身の回りの物で必要な物を作ること。かのトルコの友人の仕事ぶりは現代のブリコラージュである。その転職先の名に妙に納得した。

ここ数年、沖縄県波照間島出身の船附さんに畑仕事を手伝ってもらっている。沖縄が日本へ復帰する前の波照間は、沖縄本島と違い、米軍は何の投資もしなかったので、彼は、電気も水道もない島で育った。だから、日常生活がブリコラージュ満載なのだ。

彼の住む家の前に、ハラの木の根の樹皮が干してあった。不思議に思っていたら、数日後に、縄になっていた。うわっ、ブリコラージュだ!紐ならホームセンターで1ドルもしない。もっと便利なバンジーコードだって買える。どうして紐を買わないのか尋ねたら、堆肥作りに木の枝葉を集める時、この縄で結べば運びやすいし、そのまま堆肥になるから便利だと言う。資本主義的効率主義に毒されていなくて、かつ合理的な精神だ。

コーヒーの収獲中、隣家の犬にしつこく吠えられた。船附さんは「黙れ!食べちゃうぞ」と怒鳴り返した。「えっ?波照間では犬を食べるの?」と尋ねたら、「昔は、食べ物が尽きたら、犬だって食べたさ」との答え。「牛肉は食べないの?」と尋ねたら、「牛や馬は食べない。大きい。」ときた。つまり、牛は屠っても親戚・近所で食べきれない。食べきれるサイズの動物しか食べないという。感動した。私はスーパーでそんな基準で肉を選んだことは人生で一度もない。Louise Gray著の「The Ethical Carnivore(倫理的食肉)」(邦題:生き物を殺して食べる)のような崇高な倫理環境で船附さんは育った。

畑の鶏に好かれていて、しょっちゅうじゃれ合っている。イザとなったら、鶏など絞めてしまう怖いおじさんのくせに、妙に鶏の信頼を得ている。

還暦を過ぎても恐るべき体力。その秘訣を尋ねたら、特製コーヒーエキスと特製ノニジュース。彼は、うちの畑のコーヒーの実をリキュールに漬けて、特製コーヒーエキスを作る。殺虫剤を使っていないから良いのだそうだ。これとうちの有機ノニ畑のノニで特製ノニジュースを作って飲む。それらがあれば、いくらでも働けるという。

朝から昼飯も食べずに作業していたら、雲が厚く薄暗くなってきた。何時だろうと思ったが、誰も時計を持っていない。妻は4時半過ぎだから今日は止めようという。私は2時半と主張。私と妻は疲れ果てて時間感覚などない。淡々と働いていた船附さんは曇り空を見上げている。どうやら太陽の位置を探っているらしい。5秒ぐらいして「3時45分」。それが5分と違わず正解。こんな曇り空でも太陽の位置が分かるなんて、まるで昆虫のような能力の持ち主だ。

前述のレヴィ・ストロースによれば、現代人は人類が本来持っていた能力を失っている。現代でも未開の地には昼間でも金星が見える部族がいて、昔は人類は昼間でも金星の位置を意識しながら生活していた証拠だそうだ。そして、我らが船附さんには、昼間でも金星が見えるのだ。金星どころか、土星まで見えるらしい。凄すぎる。

ところが、一緒にコーヒーを摘むと、私は害虫(CBB)の虫食いの実を選り分けて摘むが、彼は虫食いを素早く見分けられない。虫食いは、小さな穴を見つけるのが決め手。私は春から秋にかけて、畑の虫食いの実を取り除く作業をひたすら続けているので、少し離れていてもコーヒーの実の位置や顔色や形から、虫食いかどうか、なんとなく当りを付けられる。これには船附さんもビックリ。人間業とは思えないとお褒めに預かった。あの船附さんをして、人間業でないと言わしめた。かなり嬉しい。4万円の老眼鏡に感謝。

http://yamagishicoffee.com/

コナコーヒー発展の立役者


201905 take kudo
先日、尊敬する日系2世のTakeshi Kudo氏がお亡くなりになった。享年97歳。タケさんとは、数年前まで一緒にゴルフをさせていただき、コーヒー栽培についても色々と教わった。彼はコーヒー農家のリーダーとしてコナを牽引した歴史的人物。

彼は第2次大戦中、日系人で編成された442部隊で欧州戦線で活躍した。442部隊は日本でもドラマやドキュメンタリーで幾度か紹介されている。大戦中、日系人は差別を受けた。米本土では強制収容所に入れられた。窮地の日系人社会を救うために、2世・3世の若者らが戦争に志願して米国への忠誠を示した。442部隊はドイツ兵に囲まれたテキサス大隊兵を救出した際、救出されたテキサス兵の人数よりも多くの犠牲者を出しながら、敵の包囲を突破した。彼らの目覚ましい活躍が日系人の復権に資したと解説される。

彼にその話を向けたところ、意外な答え。「そんな美談ではない。親・祖父たちの世代から、お前らが戦争に志願すれば、俺たちが助かると言われ、嫌々戦争に行った。戦争に行ったことも、戦場での戦いも誇りに思うが、あの親たちの仕打ちは今でも許せない」。なんだか、日本のテレビでの紹介とはかけ離れていて、ぐうの音も出なかった。

戦後はコナでコーヒー農家に戻った。当時のコナコーヒー農家は日系人が中心で、世界のコーヒー市況に翻弄され、生活は苦しかった。彼は同志たちと農協を立ち上げ、その会長として、また、コナ選出のハワイ州議会議員としてコナの町とコナコーヒーの発展を政治的・経済的に牽引した。現在のコナはコーヒー生産地としては小さな存在だが、当時はコーヒー栽培研究の最先端で、栽培技術で世界をリードした。

また、彼は世界に先んじてコナコーヒーに等級制度(Extra Fancyを筆頭に Fancy, No.1, Prime等の等級)を導入した。村全体で高品質のコーヒーを作ることに人々をまとめ上げ、遂に世界のコーヒー市況よりも高い値段でコナコーヒーを流通させることに成功した。

 実は、私の畑に関しては、Extra Fancyが一番おいしい訳ではない。粒の大きい順にExtra Fancy, Fancy, No.1だが、どのサイズが美味しいかは年によっても農園によっても違う。コナの農家の間では常識で、鑑定士や商社の人の間でもその認識は共通している。ところが、日本の消費者には大粒のKona Extra Fancy信仰が定着していて、高い値段を払ってくれる、ありがたいが不思議な存在。確かに大農園では、どう栽培しているか定かでない数百軒もの小農園からコーヒーを買取り、ごちゃ混ぜにして精製するので、サイズの大きい方が無難ではあるが、トレーサビリティーのある、より高級な単一農園のEstate Coffeeは別である。

こんな愚見を述べたところで、認証制度を作ったタケさんらの業績にキズがつく訳ではない。Specialty Coffeeという概念を知る現代の我々には当たり前に見えるが、当時のコーヒーは、まったくのコモディティーで、そこへ、品質という概念を導入し、コナコーヒーを世界の市況と切り離し、高い値段を付けたのだから破天荒。世界中の誰にも見えなかったことが彼には見えていたのだろう。

彼はここ数年、耳が遠くなり、会話にも苦労するようになった。2年前に一度、危篤に陥った。医者は家族にあと数時間の命だと告げた。なんと、タケさんにはそのヒソヒソ話が聞こえた。その瞬間、奥様を残しては死ねないと思ったら力が湧いて生き延びたという。

昨年、奥様を見送り、今年、追うように逝った。442部隊ではアメリカと日系人のために戦い、戦後はコナコーヒーを一級品にするために戦い、最後は奥様のために病と戦った。

「ワシはアメリカ人じゃが、心は日本人」の声と笑顔が忘れられない。
http://yamagishicoffee.com/

コナコーヒー畑にコキ蛙が攻めて来た


201905 Jeremy fisher 201905 roma
塩野七生氏の「ギリシャ人の物語」と「ローマ人の物語」を読了した。民主主義の原点を探れて興味深い。私の住む住宅地は一区画3エーカーの農地用住宅地。80軒ほどあり、自治会で自治を行う。年に一度の年次総会で、自治会長、役員、運営方針を決める。総会は激しい論戦を経ながらも、住民の合意点を探る。ローマの元老院・民会のようだ。こうした草の根の論戦による合意形成がアメリカの民主制度の下地になっている感じがする。

ここの自治会は住宅地の価格を高く維持するのに熱心。家の外見には様々な規則がある。庭や畑もきれいに保つ義務がある。雑草だらけだと自治会役員から改善命令が来る。

以前、自治会は住宅地の入り口にゲートを付ける活動をした。ゲートを付けて住民以外の通行を制限すれば高級住宅地の仲間入り。住民の中の弁護士3人が中心となり、ゲートを置けば、住宅価格が5万ドルは上がると皆を焚きつけた。住宅地の中央の道路は自治会が所有するが、ハワイ郡が、ある条件を満たせば買い取る契約になっていた。公道となればゲートは置けない。しかし、郡の財政状況から鑑み、その条件の履行は不可能。郡と交渉した結果、買取条項の削除に成功し、晴れてゲートを設置した。

おめでとう!一軒当たり評価額5万ドルアップだ。弁護士3人組は得意満面。しかし、私有道路になると補修は我々の負担。補修費として、一軒当たり4万ドルを負担することになった。評価益5万ドルvs実費4万ドル。弁護士さん、なんでこうなるの?

さて、コキ蛙がハワイ島に大発生している。原産地プエルトリコでは人気の蛙だが、ハワイでは評判が悪い。夜に「コキ!」と大声で鳴いてうるさい。ヒロ方面で大発生したのがコナまで広がってきた。サウスコナから年に数キロずつ北上。数年前にカイルアコナの街を飲み込んだ。3年前にここから数キロ南、2年前には家から聞こえる程の距離まで、昨年はすぐそこまで来た。遂にコナコーヒーベルトでコキがいないのはこの住宅地だけ。まるでハンニバル、いやそれ以上、ローマ帝国末期のゲルマン人侵入のようだ。

遂に自治会が立ち上がった。コキがいるとうるさいので住宅地の価格が下がる。住民全員でコキと闘うことを決め、コキが発生した場合にはその土地の所有者が速やかに駆除する義務を課した。自分で駆除できない場合は業者に頼む。そのコストは全員で負担。おかげで、この住宅地は四方をコキに囲まれても、何とか持ちこたえている。

昨年の夏は雨が多かった。雨が多いとコキは増える。うちのコーヒー畑からも夜中にコキの鳴き声が聞こえた。もし、畑で大発生して駆除不能になれば、近所の住民から文句の嵐となる。それに私だって自治会の戦士だ。

コキ退治に、重曹(ベーキングソーダ)を撒いた。夜しか鳴かないので暗闇の中でそっと近づく。しかし、近づくと鳴き止むので、どのコーヒーの木にいるか見つけるのが難しい。そこで、まず、遠くから奴の鳴き声を録音して、近づいて鳴き止んだら、録音を再生する。すると縄張りに他のコキが近づいたと警戒して鳴きだす。その瞬間に、コーヒーの木を特定して、上から下まで、重曹を撒いて退治した。

実はコキに重曹を撒くのはハワイでは違法。死ぬまでに時間がかかり、蛙が苦しむので、非人道的らしい。一方、クエン酸(レモン汁)が蛙の肌に触れれば即死する。クエン酸を使うのが人道的で合法的な殺し方だそうだ。だが、あいにくクエン酸は手元にないし、ぐずぐずしたら、自治会で槍玉にあげられる。州法より自治会が怖いから重曹を撒いてしまった。蛙さん、ごめんなさい。あなたに投票権はありません。

でも、今年は既に四方をぎっしり囲まれ、四面蛙歌。我々の敗北は時間の問題だ。どうする自治会。ファビウスやスピキオは現れるのか。

http://yamagishicoffee.com/

コーヒー栽培がんばる


201505 Kona71
私のゴルフ仲間Albert Watanabeさんは1936年生まれの日系3世。現役時代は高校のカウンセラー。カウンセラーとは生徒の悩みなどの相談を受け、正しく健全な道へと若者を導く仕事。人格者ならではの職業だ。

彼は仲間と週2回ゴルフをする。リタイアした日系人中心の30人ぐらいのグループ。中には90歳代の人もて、私は最年少。ほとんどがコーヒー農家出身だが、彼ら自身は教師、医師、大学教授、消防士、会社員などの職業を務めあげ、親から引き継いだコーヒー畑は小遣い程度に続けている。とにかく元気で、よく遊び、よく笑い、日本食を食べ、コナコーヒーを飲む。ハワイの日系人が全米で最長寿なのも納得できる。

Albertはゴルフが上手い。ドローとフェードを自在に打ち分け、ホールインワンやエイジシュートも何度も達成している。コーヒー栽培にも詳しく、私の師匠。私がコーヒー畑を買ったばかりの頃、肥料の撒き方を詳しく教わった。肥料は季節や雨量や実の成長具合により、最適な成分をタイミングよく施す必要があり、なかなか奥が深い。彼の経験と知識に基づくアドバイスは実に適切。しかし、本人はその通りに実践しているのか尋ねたところ、返ってきた答えが、「冗談じゃない。肥料なんて手間がかかるし、金もかかる。さらに困ったことに、肥料をやると秋に沢山の実が生るから、コーヒーを摘むのにもっと手間隙がかかって、ゴルフの時間が減る。人生はもっと楽しまなくちゃ。」 

感銘した。こういう考え方をしたことがなかった。子供のころから与えられた課題は一所懸命にこなすのが正しい生き方だと教わってきた。その点、学校の授業は落ちこぼれだったが、その分、クラブ活動は全力で頑張った。受験勉強もそれなりにこなし、就職後は立派な企業戦士だ。才能に欠ける分、努力で補った。振り返れば、一所懸命に働いた。今ならブラックもいいとこ。気が付けば、リタイアしても、その勢いでコーヒー栽培。

日本の農業もしかり。亜熱帯原産の稲を無理やり日本に持ち込み、品種改良を重ね、手間隙をかけて育ててきたのが日本の歴史だ。野菜だってビニールハウス。なかには温室でマンゴーやパパイヤまで作っている奇特な方までいる。なんとストレスの多い農業か。

コナではマンゴーやパパイヤなんて道端にいくらでも落ちている。コナコーヒーだって放っておいても勝手に生えてくる。最適の場所で最適の作物を栽培しているだけだ。私はさらに品質を上げようと、肥料や堆肥やミネラルやバイオ炭や微生物やらを投入し、またもや一所懸命だが、期待したほどの効果が上がらないことも多い。Albertのような手抜きの方が、かえって土壌と微生物とコーヒーの木のバランスが取れるのかもしれない。

Albertらゴルフの仲間たちからは、「最近ゴルフに出てこないね」と言われる。コーヒー畑が忙しくてと、日々の工夫を得意になって自慢すると、そんなに一番になりたいのと笑われる。でも、高校時代のクラブ活動のノリのまんまサラリーマン生活を送ったから、そういう教育を受けた世代だから、なかなか変えられない。しかして、ゴルフのハンデは増えるばかり。なんのためリタイアしたんだ?
http://yamagishicoffee.com/index.php/

ハワイのウグイスは訛っている


201803 Uguisu
コーヒーの生豆は英語でgreen beanという。生豆はパーチメントから取り出したばかりの新鮮な状態では緑色をしている。時間が経つと酸化して白っぽくなる。

日本の焙煎士に、なぜ私どものコナコーヒーは他の産地と違って緑が濃いのか問われた。一般の産地のコーヒーは、山奥から運ばれ、熱帯の港に置かれた後、船に乗せられてくる。荷揚げ後も、商社の倉庫から生豆問屋の倉庫を経て、焙煎業者へ渡るので、既に白化してしまっている豆が多い。一方、うちの生豆は精製後すぐに気密性の袋に入れて空輸する。精製後半月以内に日本へ着くから、新鮮な色を保っている。普段、ハワイでボーっと生きている私でも、そういうところはテキパキとやっているつもりだ。

生豆の緑色はくすんだ渋い緑。これを何色と表現したら良いかと問われ、紫紅社の「日本の色辞典」と照らし合わせてみた。鶯(うぐいす)色に一番近い。その他、常盤(ときわ)色、海松(みる)色、麹塵(きくじん)、青白橡(あおしろつるばみ)、山鳩(やまばと)色、千歳緑(ちとせみどり)、モスグリーン、オリーブグリーンと表現しても差し支えないだろう。三島由紀夫の戯曲「綾の鼓」に「緑という着こなしにくい色」という台詞があるが、日本の染め物の緑のメニューは、なかなか豊富だ。

さて、ウグイスといえばハワイにもいる。昭和初期に日本人移民とともにハワイ諸島に渡り野生化した。私は東京と米国しか住んだことがなかったので、ハワイで初めてその鳴き声を聞いた。なんと、東京では既に準絶滅危惧種だそうだ。

うちのコーヒー畑の北側の一画は手付かずで、うっそうと木が茂っている。そこに様々な鳥が来る。たまにウグイスが聞こえる。ウグイスは春の季語。しかし、ここは常夏のハワイ。一年中聞こえる。

 90年代以降、米国と中南米を渡るオリオール(ムクドリモドキ)が激減した。中南米で森林を伐採してコーヒー畑を開墾したため。そこで、適度な森林を維持したコーヒー農園に与えるBird Friendly Coffeeという認証ができた。鳥のさえずりを聴きながらのコーヒー摘みは良いものだ。しかも、ウグイスは日本では聞いた事もなかったくせに、望郷の念に駆られるから不思議だ。

ところが、ハワイのウグイスの鳴き声は「ホーホケキョ」ではなく、「ホーホケッ」と妙に中途半端。なんだかちょっとズッコケ。

国立科学博物館の濱尾章二研究員がハワイのウグイスの声紋を分析したところ、日本のウグイスに比べて周波数の変化が乏しく、さえずりを構成する音の数が少ないそうだ。普通は鳥類のさえずりの変化は短期間では起きない。同氏は、ウグイスの複雑な鳴き声は縄張りの形成や雌を引き付けるのに有利だとされるが、争いが少ない島の環境の中で80年間という極めて短期間に変化したのではないかと分析している。

 さすがハワイ、人間だけでなくウグイスものんびりしている。ボーっと生きているから、ホーホケッ。ハワイの人もウグイスも私も、みーんなチコちゃんに叱られる。
http://yamagishicoffee.com/

コーヒー畑のネズミ


201901 hunca Munca1 201901 Hunca Munca2
ピーター・ラビットの作者として有名なビアトリクス・ポター。イギリスの湖水地方の農園に住み、周囲の動物たちの物語を絵本にした。彼女の作品に「2匹の悪いネズミ」がある。トムサムとハンカマンカという夫婦のネズミが家主の留守に悪さをする物語。

我が家にもマウスがでた。マウスは体長10センチ位の小さな鼠。これが家中を走り回った。私はポターの様に鼠で物語を作るほど風流ではない。鼠捕りを仕掛けた。餌を取ると、パチンと針金が落ちて鼠が挟まれるタイプ。だが、奴の方が一枚上。餌のチーズだけを取って、全く引っかからない。

なかなか知恵深そうなので、ハンカマンカと名付け、知恵比べをすることになった。段ボールの壁をリビング中に立てて、ハンカマンカを誘導。冷蔵庫の裏に追い詰めた。冷蔵庫の周りに本や板で囲いを作った。見事な袋小路。袋の鼠とはまさにこのことだ。もう安心。昔の人の言葉は奥深い。そうやって格闘したからこそ生まれた言葉であろう。

だが、5分で脱出された。25センチはある本の壁をやすやすと飛び越えた。

今度はクローゼットの中に追い込んだ。ドアの下に隙間があるので、タオルを詰め込み密封した。後は持久戦で餓死を待つのみ。ところが2日後には脱出。元気よくリビングを走り回っていた。タオルは無残にも食いちぎられ見事な穴が開いていた。

最後にバスルームに追い込んだ。戸を閉めて、ほうきで叩きながら追いかけ回した。すると仕掛けてあった箱型の鼠捕りに自ら入った。1週間にわたるハンカマンカとの知恵比べはこうして幕を閉じた。始末の仕方が分からないので、放って置けば餓死するだろうと、箱を畑に置いた。翌日、見たら中身は空っぽ。出られない仕組みなのに、脱出するとは頭が良い。勝手な物で、知恵比べの相手がいなくなると寂しい。ところが、数日後にハンカマンカは帰ってきた。また知恵比べができると思うと、ちょっと嬉しくなった。

コーヒー畑にはラットが出る。ラットは体長30センチもある大型の鼠。コーヒーの実は食べるは、枝は折るはで厄介。マウスとは違って可愛くない。絶対駆除だ。

日本語では両方とも鼠だが、米国ではマウスとラットは明確に区別される。マウスはミッキーになれるがラットは無理。嫌われ者だ。オーランドで出会った青年は昼間はプロゴルファーを目指して練習、夜はディズニーワールドの地下でラットを退治して生計を立てていた。地上のミッキーマウスは人気者だが、地下では、日々ラットは退治される。

ラットは欧州人がハワイに持ち込んだ。19世紀には、ラット対策にマングースを持ち込んだものの、ラットは夜行性、マングースは昼行性。お互い会うことはなく大失敗。

ラットは1940年代に急速に増えた。コーヒー畑の被害が増え、ペスト病まで発生した。ラット退治が急務となった。そこで、小学生たちに捕獲させ、1匹につき2セント払う制度ができた。子供たちは、夕方パパイヤやベーコン等の餌を付けた罠をコーヒー畑に仕掛け、翌朝学校に行く前に捕りに行った。捕まえたらその尾を切り、灯油の入ったビンに保管し、週に一度、小学校で換金した。これで週に数セント稼ぐことができ、アイスクリームを1~2個買えた。今では80歳を超えた彼らは、週に30匹も捕まえ60セントも荒稼ぎしたなどと懐かしそうに武勇伝を語る。

私も籠式の鼠捕りをいくつか畑に置く。ここのラットはアメリカ人なので、餌はベーコン、チーズにピーナッツバター。これがよく食べる。ネットで人道的なラットの殺し方を調べたら溺死とある。ラットを籠ごと水に沈め、人道的な朝を迎えるのが私の日課だ。ビアトリクス・ポターのような優しい眼で鼠を観察できるようになるのはいつの事やら。
http://yamagishicoffee.com/