モーハワイ☆コム

カテゴリー:珈琲と文化

コーヒーの香り表現について


201911 coffeeCulture
雑誌「珈琲と文化」2019年秋号に拙稿が掲載されたのでHPに転載しました。

コーヒーの香りの表現についてです。ご笑覧ください。
http://yamagishicoffee.com/index.php/letters/archives/297

ハワイの日系人の英語とコナを牽引した偉人の話


201907 coffee & culture
雑誌「珈琲と文化」2019年夏号に拙稿が掲載されたのでHPに転載しました。ハワイの日系人の英語とコナコーヒーを牽引した偉人の話です。ご笑覧ください。


http://yamagishicoffee.com/index.php/letters/archives/280

雑誌「珈琲と文化」2018年秋号の原稿


201812 coffee and culture
少し前のことですが、雑誌「珈琲と文化」2018年秋号に拙稿が掲載されました。HPに転載したのでご笑覧ください。
http://yamagishicoffee.com/index.php/letters/archives/240

雑誌「珈琲と文化」2018年春号の原稿


201804 Coffee & Culture

雑誌「珈琲と文化」2018年春号に拙稿が掲載されたのでHPへ転載しました。ご笑覧ください。
http://yamagishicoffee.com/index.php/letters/archives/212

雑誌「珈琲と文化」2017年冬号の原稿


雑誌「珈琲と文化」2017年秋号に拙稿が掲載されたのでHPに掲載しました。ご笑覧ください。
201801 coffee culture
http://yamagishicoffee.com/index.php/letters/archives/199

雑誌「珈琲と文化」に拙稿「クリーンカップ至上主義」が掲載されました。


201611 Yen
私にとってコーヒーで一番大事なのはクリーンカップである。それを目指して栽培している。そして、消費国でクリーンカップの理解が浸透することを切に願う。さすれば、コーヒー業界の健全な発展に資するとともに、産地の人々の生活改善に繋がると思う。

SCAA(Specialty Coffee Association of America)はコーヒー豆の質を評価するための基準を設けている。その評価項目には、香り、風味、酸味、後味、こく、均質性、クリーンカップ、甘さ、バランス、全体評価がある。それぞれの項目を点数化し、それを足し合わせて総合評価とする。コーヒーは農産物だから、産地・気候によって味が異なる。実に多様だ。SCAAの評価基準は多様な特徴を評価するのに役立つ。客観的な基準を作り、近年のサードウェーブの隆盛に貢献した。しかし、私にはクリーンカップへの比重が物足りなく感じる。

SCAA基準だとクリーンカップは10項目の一つにすぎず、かつ、カビ臭などコーヒー以外の物に由来する香味があった場合に減点する項目。これだと大抵のスペシャリティーコーヒーは10点満点となる。

一方、私にとってクリーンカップとはカップ一杯を30分位かけてゆっくり飲んでも、好ましい余韻が持続し、苦みや渋みやえぐみを感じないクリーンなコーヒーだ。しかし、複数のコーヒーを次から次へと吸い込んで数秒で吐き出すことを繰り返すカッピングでは、時間をかけて飲んで雑味が累積する嫌な感覚を感知するのは難しい。たとえ私がSCAA基準でカッピングをして高い点数を付けても、翌朝30分かけてゆっくり飲んでがっかりすることは多々ある。コーヒーを飲むのとカッピングするのは別物だ。

世間にはコーヒーの飲めない人、砂糖・クリームなしでは飲めない人が多い。大抵は雑味が強い(クリーンでない)からだ。SCAAの他の評価項目、つまり、香り、酸味、バランス等々が劣るから飲めない訳ではない。雑味こそが多くの人をコーヒーから遠ざけている要因だ。コーヒーを評価する際にもっと重視されるべきだと思う。

昔のコーヒーは雑味が強かった。私は学生時代からブラックで飲んだ。眉間に皺を寄せながらツウぶってすすった。砂糖やクリームを入れるなんて嗜好がお子様だと粋がっていた。今にして思えば、相当な痩せ我慢だ。雑味だらけのコーヒーには砂糖やクリームを入れる人こそ、まっとうな味覚の持ち主だ。最近は良質のコーヒーが浸透しつつあるが、まだまだ、砂糖・クリームなしでは飲めないコーヒーが巷に溢れている。

正しく育て、きれいに収穫したコーヒーは雑味がない。さわやかで透明感があり、ブラックでも飲みやすい。ゴクゴクと飲める。クリーンカップこそが、農家がいかに上質のコーヒーを作ろうと努力しているかを表す指標だ。

SCAAの他の評価項目は、畑の立地条件、その年の気象条件に左右される。お天道様のご機嫌しだい。しかし、クリーンカップはそういった自然環境頼みの項目とは一線を画す。コーヒーを健康に育て、健康な実だけを丁寧に収穫し、きれいに乾燥させる事がクリーンカップへの鍵。農家の努力の結晶だ。

なかでも、重要なのは収穫。ブドウなどの他の農産物とは違い、コーヒーは同じ枝でも熟度が揃わない。よって、未熟、過熟の実を除けて、完熟した実だけを選んで摘む。

収穫は3週間以内に畑を一周して同じ樹に戻ってくる。これを3~4カ月かけて何周もする。

機械で摘み生産コストを格段に引き下げる産地もあるが、それだと好ましくない豆も混じる。そもそも、コーヒーに適した土地柄、すなわち、日陰樹のある山の斜面では収穫用の機械は使えない。高い品質を維持するには、人間が手で選り分けながら摘むしかない。その担い手は季節労働者(ピッカー)だ。

うちの農園のように農園主が自分で摘む小さな農園は別にして、大きな農園だと、年間の生産コストの6~7割は収穫にかかる労賃。農園主にとっては収穫コストをいかに下げるかが経営の鍵。労賃は圧縮される。

通常、ピッカーへは摘んだ重量に応じて賃金を払う。ピッカーからすれば、低賃金にあえぐなか、多く摘めば摘むほど収入が増えるので、なるべく早く摘もうとする。きれいに摘むインセンティブは働かない。

一説ではピッカーは世界に3000万人。さらに、コーヒーは農園、収穫、乾燥、精選、港、輸送、商社、問屋、焙煎、小売店、コーヒー店やレストラン、缶コーヒー、その他コーヒー関連商品など多くの人の手を経る。全世界でコーヒーに関連する従事者は1億人に達するらしい。世界人口72億人だから、72人に1人はコーヒー関連。驚くべき産物だ。

その大勢の中で、品質にとって最も重要なのはピッカー。3000万人という膨大な人数が手作業でこなす。とても労働集約的な農産物で、その作業の善し悪しが品質に影響する。

 ところが、ピッカーの労賃は微々たる額だ。ハワイで労働者を雇うと最低でも一人一日120ドル程度。さすがはアメリカ。人件費は高い。しかし、中米では一日3ドル程度の場合もある。アフリカにはもっと安い国もある。これで丁寧に摘めと要求するのは酷だ。

仮に、ピッカーが一日200ポンド(約90キロ)の実を摘んで、3ドル(約300円)を稼いだとする。それを乾燥して生豆にして焙煎するとコーヒー1,200杯分だ。一杯当たり25銭(=300円/1200杯)がピッカーの懐の渡る勘定になる。喫茶店で飲むコーヒーが一杯500円とすると、25銭/500円=0.05%がピッカーの取り分。たったの0.05%!

「レギュラーコーヒー500円。手摘完熟最高級コーヒー800円」というのがあるとする。この差額は何だろう。たった25銭の部分がそのコーヒーのセールスポイント、付加価値の源泉、高級品としての価格設定の根拠なのに。「丁寧に摘んでくれたピッカーさんに、通常25銭のところ、なんと今回は特別に5倍の125銭をお支払いして、一杯501円!」とした方が、高級である理由が明確で分かりやすい。

1億人のコーヒー関連の従事者の中で、品質上最も重要な仕事をするピッカーの取り分が最も少ない。日本でコーヒーに関わるどの人よりも分け前が少ない。日本政府に至っては何もしないで消費税8%、ピッカーの160倍も稼ぐ。しかも、1億人の中でピッカーの仕事が肉体的に最も過酷だ。一日200ポンドのコーヒーを4ヶ月間も摘み続けるのがどれほど辛い作業か理解できる人は少ないだろう。最も過酷で、かつ、品質管理上、最も重要な部分に0.05%はお粗末だ。これが企業なら潰れる。「コーヒーだけにブラック企業です」などと笑って済む問題ではない。

コーヒー生豆はドル建てなので、値段は外国為替の影響を受ける。0.05%を外国為替に例えると、1ドル100円が100円05銭に振れた値。完全に誤差の範囲内だ。最も重要な仕事に誤差程度の報酬とはいかなることか。

消費国の関係者が産地へ視察に行って、赤だけをきれいに摘むよう「指導」したという話をよく耳にする。私などは、一杯25銭しか払わないで、よくそこまで言うなと感心する。ピッカーにすれば、「その程度じゃ、やってらんねーよ」というのが本音だろう。きれいに摘むのはそんなに易しくない。毎日摘んでいる私が言うのだから間違いない。

クリーンカップは、かくも不安定な構造の上に成り立っている。だから、クリーンなコーヒーは珍しい。いまだ多くの人がクリーンなコーヒーの何たるかを知らない。

コーヒーを南北問題の象徴として人道的議論をする以前に、コーヒー業界として品質の向上を求めるならば、品質の源泉であるピッカーへの分配を増やすべきだ。人道的観点からフェアートレードが注目される。「コーヒーを一杯飲んだら1円を産地へ送ります」。すばらしい試みだが、ピッカーの取り分が25銭から1円25銭に5倍に増えた話は聞かないし、第一、それでは、ピッカーにきれいに摘むインセンティブは働かない。

指導や人道的動機も大切だが、やっぱり人を動かすのは金だ。経済的合理性だ。まず、消費国でクリーンカップの理解が進むことが重要。すると人々はクリーンなコーヒーに高い値段を払うようになる。きれいに摘むピッカーの価値が上がる。きれいに摘むピッカーの収入が増える。摘み方で収入に違いがでることを体で理解できる。すると益々コーヒーの品質が上がる。クリーンカップはコーヒーの品質向上とピッカーの生活向上の鍵だ。

珈琲と文化・秋号の記事を転載します(Qグレーダーの試験)


201605 rain
6月にホノルルへ行き、Coffee Quality Instituteが主催する3日間の研修と、それに続く3日間に渡る22の試験を受けて、妻と揃ってLicensed Q Graderの資格を取った。

コーヒーのカッピング(官能評価)の技術を測るもので、合格するとSCAA(Specialty Coffee Association of America)の評価基準・手順に従って、コーヒーに点数をつける資格を持つ。

 SCAAのカッピング基準はコーヒーの香味の多くの要素を客観的に評価することにより、コーヒーに関する共通の言語を発展させ、スペシャリティーコーヒーの普及に貢献した。また、カッピングは短時間に多くのコーヒーを評価でき、流通段階に携わる人々には便利な手法だ。

 流通業者ではない私には興味深い経験となった。私はコーヒーを飲む際に生産者あるいは消費者としての観点から嗜む。カッピング形式では飲まないし、評価基準も違う。

私の好きなコーヒーは雑味のないコーヒー。マグカップ一杯を30分程かけてゆっくり飲んでも、苦みや渋みやえぐみを感じないクリーンな余韻の残るコーヒー。口に残った雑味を消すために何かを口にせずにはいられない、あるいは歯を磨きたくなるようなコーヒーは感心しない。

しかし、この感覚はカッピングでは上手く感知できない。複数のコーヒーを次々と口に吸いこんで数秒で吐き出すことを繰り返すカッピングでは、一杯のコーヒーが時間をかけて口の中に雑味を累積して醸し出す不快な余韻を捕らえられない。たとえ私がカッピングをして、華やかな酸味と甘みが気に入り高い点数を付けても、それを、翌朝30分かけて飲むと、口の中に渋みが溜まってガッカリすることが多い。私が好きなコーヒーはカッピングで高得点のコーヒーとは違う。

私の評価法は全くの自己流だが、あながち的外れとは思えない。第一に世間にはコーヒーを飲めない人が多い。また、多くの人がコーヒーに砂糖やミルクを入れる。それは口の中に溜まっていく雑味が嫌だからだ。決してSCAAの評価項目、例えば、この酸味が気に入らないから、あるいはこのコクが気に入らないから砂糖を入れるという訳ではない。それほど、苦みや渋みやえぐみは人々をコーヒーから遠ざける重要な項目だ。

第二にそれが農家の努力を反映していると考えるからだ。時間をかけて飲んでも雑味を感じず良い余韻が続くコーヒーを作るためには、健康に完熟した実だけをきれいに摘まなければならない。そして、それは消費国の人が想像するよりもはるかに難しい。気が遠くなるほど難しい。私は自分でコーヒーを摘むが、農園主が自ら摘む農園はほとんど存在しない。低賃金の季節労働者が収穫の担い手だ。そして、季節労働者を雇って、きれいに収穫することは難しい。最高のコーヒーを作りたいと願う農園主はいても、最高のコーヒーを作りたいと思いながらコーヒーを摘む季節労働者はいない。だから、私好みの良い余韻が残るコーヒーに出会うことは稀だ。たとえ、COE(Cup of Excellence)1位のコーヒーでも感心しないものは多い。

私は農園での風景を想像しながら飲む。「これは収穫の仕方があまいな」とか「乾燥時に発酵しているな」とか、具体的な作業風景が浮かんでくる。そして、良い余韻が長時間残る雑味のないコーヒーに出会うと、この農園のピッカー達もなかなかやるなと彼らの努力に共感する。そんな飲み方をするのは私と妻ぐらいで、当然、世間は違う。ましてやQ GraderたちはSCAAの基準に則って評価する。私とは見方が違うので話がすれ違う。したがって、流通業者に普及したQ Graderの資格を取ることは私には意義のある体験だった。

 

今回の試験の受講者は7人。少人数で雰囲気の良いチームだった。加えて、前の週サンフランシスコで不合格だった人が追試を受けに来た。ハワイ州で試験が行われるのは初めてなので、ハワイでこの資格を持つ者はまだ僅かだ。オーストラリアやニュージーランドからも参加者があった。それらの国では受験までに1年以上のウェイティングリストがあるらしい。今回、ハワイでの開催を機に、休暇を兼ねて飛んできたそうだ。日本での試験は大人数だと聞く。英語に抵抗がなければ、少人数のハワイで受験したほうが断然有利だ。

ど素人の私にとって6日間のコースはとても集中力を要するストレスフルで苦しい体験だった。一度つまづくと、ストレスから雪だるま式に転げ落ちていく感じがした。そんななか、教官のJodi Wieserさんはとても親切で、我々がリラックスできるよう工夫してくれた。チーム内の協力的な雰囲気作りもしてくれた。解答用紙を提出したときに、合格だと明るく”All right!”言いながら解答用紙に大きくPass!と書いてくれる。ところが、不合格だとpuppy eyes(子犬の目)で悲しそうに見つめられる。あの優しい無垢なpuppy eyesが出たらアウトだと皆が恐れた。

 テストの詳細については私のホームページに記したので、本稿ではカッピングの実習試験に関して記す。カッピングは通常は中南米の水洗式マイルド、アジア、アフリカ、非水洗式(ナチュラル)の4セッションが行われる。しかし、今回は生産地ハワイでの開催だったので、授業ではハワイも加え、5セッションが行われた。試験では、受験者の希望も勘案し、中南米を除き、アジア、アフリカ、ナチュラル、ハワイの4セッションが行われた。

 最初の3日間はカッピングの実習を通じ、SCAAのカッピング・プロトコールを理解し、カッピングフォームを正しく記入できるよう学ぶ。各セッションごとにカッピングの後に、教官と生徒たちの間で、それぞれのコーヒーに関しての評価、意見を交換する。これを通じて、自分のスコアーが教官や他の生徒とのブレがなくなるようにする。つまり、SCAAの評価基準に自分の評価基準をすり合わせていくトレーニングである。

 私は実務としてのカッピング経験がないので、カッピング実習試験が最も不安だった。実際に初日の中南米水洗式マイルドの練習セッションで、大いなるショックを受け前途多難と感じた。教官が81.5点をつけたコーヒーに私は75.5と低い点を付けた。いくら何でも差が大きすぎる。私にはそのコーヒーを口に入れた瞬間、かすかだが発酵臭を感じた。

コーヒーの収穫は最長でも3週間以内に畑を一周して戻ってこないと実は過熟する。通常、コーヒーの産地は収穫期には雨が降らない。ところが、コナは収穫時期の乾期にも雨が数日降り続けることがある。収獲中に雨が続くとコーヒーの実は早く過熟するので、3週間のペースよりもペースを上げる必要がある。しかし、どうしても雨だとペースが落ちる。第一、中南米からの出稼ぎ労働者たちは雨の中では摘まない。それが彼らのしきたりだ。ましてやアメリカ人が摘むわけがない(そもそもアメリカ人は収穫作業をしない)。日本のJA全中(全国農業組合中央会)のHPを見ても、雨が降ったら農家の仕事はお休みと書いてある。

しかし、山岸農園では雨でも歯を食いしばって摘む。もし休んでペースが落ちると過熟した実が発酵を始めてワイン醸造所のような臭いがしてくる。それだけは避けたい。最悪の場合カビが生える。カビ臭のするカップは強烈で最悪だ。そうならないように、ずぶ濡れになって体が芯まで冷え切って震えが止まらなくなっても、寒さで指がかじかんでうまく動かなくなっても、コーヒーを摘み続けるのだ。発酵しないよう戦い続けているのだ。だから、コーヒーを飲んだ際に発酵臭が僅かでもすると、私は許せない。それをワイニーなどと呼び、ポジティブに評価することはできない。おそらく、ガタガタ震えながらコーヒーを摘んだ経験のない人は、否定的には感じないかもしれない。むしろフルーティーに感じる人も多いだろう。

そもそも、発酵した過熟豆は水に浮くので、ウェットミルできちんとフローターを取り除けば、ほとんどを除去できる。しかし、山岸農園ではウェットミルが最後の頼みの綱となるのは嫌なので、収穫の段階から過熟豆が混入しないように努力している。ましてや、コーヒーカップの中までそれが届くということは、収穫をすり抜け、ウェットミルもすり抜けてきたということだ。やはり、私には受け入れがたい。生産上の瑕疵を、ワイニーとかフルーティーとかの言葉で飾って物珍しさを逆手にとる米国式マーケティング戦略には加担できない。

私が75.5点を付けたコーヒーも私が雨の中で泣きながら摘んでいる時の臭いがした。(実際には雨の時はあまり臭いを感じない。雨の止んだ後に感じる)。この類のコーヒーは、日本のスペシャリティーコーヒーの店でもよく出てくる曲者だ。COEも取っているフルーティーでワイニーな逸品ですと店主が喜んで出してくるあの曲者だ。

 その日、私は教官に噛み付いた。山岸農園がこんなコーヒーを作ったら、私はコーヒー作りを辞めるとまで主張した。しかし、教官はこれは好ましいコーヒーで発酵臭はしないと主張し、議論は全くかみ合わなかった。初日から私はクラスの問題児となった。

SCAAによると収穫時や収穫後の精製の過程で発酵して酢酸が生成されても、酢酸はごく微量であれば、好ましい酸味を与えるといわれる。私は過度に気にしすぎなのかもしれない。あるいは、私が発酵臭と感じ、教官が好ましいとしている香りは、実際は発酵臭でも何でもない他の物かもしれない。ただ、私はその臭いが少しでもすると雨を思い出して不快になる。

その日は暗澹たる気分でホテルに帰ったが、かえって、これで吹っ切れた。この一週間に限っては、生産者としてのこだわり、良心、美学を捨てる覚悟ができた。そもそも、それが目的でこのコースに参加しているのだ。あのコーヒーをフルーティーでワイニーと呼ぶ覚悟ができた瞬間だった。

 その覚悟ができると、2日目以降は、徐々に教官の評価にすり寄ることができるようになった。自分のカッピングの点数が世間とかけ離れない配点具合を習得できた。

 そうしてみると、スペシャリティーコーヒーの基準となる80点というのは、今まで思っていたハードルとは違った。これまで、あちらこちらのコーヒーショップに行っては「こんなコーヒー出しやがって」と勝手に憤慨していたが、ああいうのもスペシャルティーで、そういう見方もあるんですね。ごめんなさい。

例の発酵臭の感覚はナチュラルのコーヒーにもよくある。よって、ナチュラルのセッションは苦労した。そもそも、山岸コーヒーはとてもシンプルなコーヒーだ。きれいに育てて、きれいに収穫する。悪いことを排除して作る。だから、どちらかというと引き算だ。あくを丁寧に取り続ける日本料理のようなものだ。昆布だしの美学だ。一方、ナチュラルは、あくにあくを重ねていくフランス料理のようなものだ。私にとっては、そういうコーヒーは情報量が多すぎるし、ボラティリティーが高すぎて、脳がとても混乱する。SCAAはそれをComplex(複雑)といって、ポジティブに評価するが、私はどうしても頭が混乱する。

しかし、逆に世間にはこういうコーヒーが好きな人は多い。彼らには山岸コーヒーは刺激がなく退屈なコーヒーと感じるかもしれない。自分で言うのもなんだが、山岸コーヒーはけれん味のないコーヒーだ。そう、けれん味がないのだ。ティピカ種をコナという最高のテロワールで育て、きれいに手摘みし、水洗して、天日(日陰)で干したコーヒーだ。コーヒーとはかくあるべし、コーヒー本来の香味だ。しかし、アメリカ人はけれん味が大好きだ。珍しいもの、ファンキーなものが好まれ高得点を取る。ファンキーな人の集まるコーヒー業界ではなおさらだ。

 

初日からSCAA方式に戸惑ったが、どうにかカッピングの点数をSCAAの基準に近づけることができた。しかし、終わってみると、やはりSCAAの基準に納得がいかない点も残った。

前述のとおり、山岸農園のコーヒーはクリーンさと甘さが信条だ。30分間良い余韻が残るほど雑味の少ないコーヒーだ。それを目標に一年間の苦労がある。クリーンさは、いかに健康に育て、きれいに収穫し精製するかが勝負。特にきれいに摘むことは最も重要。だから、山岸農園では、我々農園主が中心になって摘む。季節労働者に収穫作業を丸投げしたりはしない。クリーンカップは農家とピッカーの通信簿だ。ところが、SCAA基準だと、クリーンカップの項目はカビ臭などコーヒー以外の物に由来する香味があった場合に減点する項目で、大抵のスペシャリティーコーヒーは10点満点となる。

甘味に関しても、丁寧に育ててコーヒーの木のストレスを減らして、実がゆっくりと成熟するような工夫を重ねて、さらに完熟した実だけを丁寧に摘み取ることが秘訣だ。これも農家の一年間の努力の結晶だ。一方、SCAA基準だと濃度0.5%の砂糖水よりも甘ければよい。これもほとんどのスペシャリティーコーヒーが10点満点だ。

よって、農園がコーヒーの生産過程で一番難しい収穫のところで努力して、傑出したクリーンで甘いコーヒーを作ったところで、それが評価される仕組みになっていない。そういうコーヒーに両項目とも15点くらいの点数を付けたいところだが、それはかなわない。現状の評価方法だと、生産者にきれいな収穫をさせる動機が働かないと危惧する。だから、いつまでたっても収穫は季節労働者を信じられないほどの低賃金で雇うプランテーション時代からの収穫軽視の慣行が続く。日当たり、風通し、剪定、施肥など畑の設計や運営上の工夫、あるいは、セミナチュラル、天日干し、日陰干しなど乾燥・精製での工夫を語る農園主は多いが、それらよりも比較にならないくらい重要な工程、つまり、きれいに摘むための工夫を語る農園主は少ない。自分で摘まないから分からないのだ。ただ季節労働者に完熟豆だけを摘めと命令するくらいしか思いつかないのだろう。

最後になるが、SCAA基準に対する最大の不満を申し上げる。その基準たるや何が目的か不明だし不愉快でさえある。つまり、SCAAはカッピングテーブルの高さを42インチから46インチと定めている。今回の試験会場のテーブルはその上限の46インチだった。これだと奥の2列目のカップの臭いを嗅ごうにも、私には届かない。背伸びのし過ぎでふくらはぎが痛い。子供用の踏み台を持ってきてもらったが、すぐに他のアジア系女性の専用となってしまった。

SCAAのこういうアメリカ的な上から目線の態度はぜひ改めてもらいたいものだ。えっ?私の目の位置が低すぎるって?んん~。。。。

珈琲と文化の原稿 2016年夏号 コーヒーでダイエット


201602 coffee diet

以前にもコーヒーでダイエットに成功したことを簡単に触れましたが、今度はフルバージョンで珈琲と文化の雑誌の夏号に書いたので転載します。

ここだけの話にしてもらいたいが朗報がある。実はコーヒーにはダイエット効果がある。昨年、ブラジルのコーヒー農園視察に行ったところ、帰国後デング熱を発症して入院した。何も食べられずにやつれたが、回復するにつれ急激にリバウンドした。その後、夏の健康診断でコレステロール、中性脂肪、血糖値が悪いと注意されたのでダイエットを決意。そして、コーヒーダイエットのおかげで2ヶ月で4kgの減量に成功した。

最近はコーヒーが健康に良いとのニュースを耳にする。コーヒーの糖尿病の予防効果、動脈硬化抑制による脳卒中や心筋梗塞の予防、肝臓保護作用、がん抑制効果などさまざまな効果が研究・報告されている。コーヒー好きには喜ばしい。

かつて、コーヒーは体に悪いと言われた。昔はコーヒー愛好者に喫煙者が多かったので、統計学的にタバコの効果とコーヒーの効果をうまく区別できず、本来はタバコの害なのに、コーヒーにも濡れ衣が着せられたのだろう。最近では嫌煙が進み、純粋にコーヒーを楽しむ人が増えて健康にも良い。残る問題は砂糖とクリームの影響だ。今後、良質のコーヒー豆を生産する農家が増えれば、消費国でも砂糖やクリームを入れる人が減る。そうすれば、コーヒーは益々健康に良いということになるだろう。

さらに、コーヒーには豆の部分以外にも、果肉や果皮や葉に抗酸化物質が含まれていることがわかり、健康食品としての可能性が出てきた。もしかしたら将来はコーヒー豆よりも現在は捨てている果肉や果皮や葉の方が大きなビジネスになるかもしれない。コーヒーの葉のお茶はほのかな甘みを感じてなかなかの味わいである。良質のコーヒー豆をライトローストにしたときに感じるほのかな甘みに似て、同じコーヒーなんだなあと感じる。

さて、ダイエットの話である。私は1990年に渡米して2006年にリタイアするまでに、毎年1kgずつ15kgも太った。NYのメリルリンチの資産運用部門でFund of Hedge Fundsのポートフォリオマネージャーとしてグループを率いていた。競争の激しいウォール街で生き残るために必死で働いた。妻も弁護士として多忙な日々。夕食は深夜にミッドタウンのレストランで待ち合わせて食べた。体脂肪はたまる一方だ。

毎年年初にクレジットカード会社から前年の使用状況をカテゴリー別に分類したレポートが来る。ある年、レストラン部門を見ると一年間に254回も外食をしていた。太るのが道理。こんな生活では早死にする。心を入れ替えて節制を誓った。ところがその年は前年以上に妻も私も業務が好調。稼げる時に稼げるだけ稼ぐのがウォール街の鉄則。将来の保証は一切ない。アクセル全開で働いたので、深夜の外食を余儀なくされる事も多かった。しかし、人生は体が資本。節制に努めた。年が明けて、お待ちかねのレポートが来てビックリ。レストラン部門は253回。節制の甲斐あって、前年の254回から1回分の削減に成功した訳だ。

極めつけは、2001年9月11日のテロによるオフィスの移転。メリルの本社はワールドトレードセンターの隣。倒壊は免れたが使用できなくなった。多くの部門がハドソン川対岸のジャージー・シティーのビルへ移転したが、私の部門は1年間ほどプリンストンにあるメリルの研修所に移転した。NY郊外の自宅からは往復で7時間なので通勤は無理。我々は月曜日から金曜日まで研修所に泊まり、廊下でつながったオフィスに通った。テロの直後の数ヶ月は誰もが興奮状態なので唯ひたすら働いたが、初期の興奮状態がさめると、人々のストレスは極限に達した。家族や恋人と離れ、建物の外に一週間一歩も出ずに缶詰で働く環境は苛酷だ。さらに、テロ後の金融市場環境は最悪。おまけに、炭疽菌があちこちに郵送されて死者がでるテロ事件が起き、我々の研修所の近所の郵便局から発送されたことが判明。恐怖がつのった。

ストレス解消は食べることだけ。しかも毎日3食とも研修所内のレストラン。そもそも研修所は世界中からメリルの成績優秀な営業担当者を集めて接待する場所。研修所というよりはホテルの雰囲気でレストランも豪華だ。しかも、いくら飲み食いしてもタダ。我々は毎日、シェフが目の前で取り分けてくれるローストビーフを食べ続けた。グループの全員がブクブク太りだした。典型的なストレス太り。特にハーバード卒の若い女性は可哀想。初期のルノアールの絵から飛び出だしたような色白の美人なのに、ハイヒールのかかとが折れそうだ。当然、私も太った。

状況改善を経営陣に訴えた。あなた達アメリカ人はローストビーフを毎日食べても平気かもしれないが、日本人の私は病気になると訴えたら、日本人は毎日寿司を喰わねえと早死にするらしいぜハハハッと、会社中のジョークのネタにされた。それを聞きつけて、援軍が現れた。隣のグループの私と同い年の英国人。ローストビーフ本場の英国出身の彼にはここのローストビーフは耐えられないと苦情に加わったが、だったらニューヨークステーキを注文しろ、脂がのって旨いぞとこれも却下された。日英同盟はあっけなく敗退した。

そんなストレスの溜まる生活を送っていたら心身ともに擦り切れた。44歳とキャリアのピークにリタイアした。ハワイに移住し、たまたま買った家にコーヒー農園が付いていたことから、コーヒー栽培を始めた。眼下に広がる青い水平線を眺めながら、自分の畑で採れたコーヒーを飲む。あのストレスの毎日が嘘のような至福の日々だ。

コーヒー関連の本には、コーヒー店にとっては、質の良い生豆を仕入れることが重要、赤い完熟した実だけを丁寧に摘む良心的な農園との関係が大切などと書いてある。まさにその通りで、一杯のコーヒーの品質にとって、畑から喫茶店まで様々な工程のある中で、最も重要なのは丁寧な収穫。しかし、農園主が自らコーヒーを摘む農園は稀だ。最も重要な工程にも関わらず、大抵は低賃金の季節労働者が行う。コーヒー摘みは肉体的・精神的に辛いので、誰も好き好んでやらない。

しかし、我々は自分で摘む。一番重要な工程を収穫時期だけ外から渡ってくる季節労働者に任せたくない。品質のためなら、辛くともNY時代の苦労を考えれば、こんなのなんでもない。

ハワイ島コナはフアラライ山の山腹にあるので、コーヒー畑は斜面にある。溶岩が転がっており足元は不安定。そこを踏ん張りながら、腰につけた10キロ入りのバスケットに摘んだ実を入れる。かなり重い。しゃがんだり、中腰になったり、背伸びしながら摘む。朝6時から夕方6時までの収穫作業。1日を通すと相当のエネルギーを消費する。

周りの畑のピッカー達を見ていると、彼らは栄養補給をしながら摘む。あるメキシコ人は、昼飯の他に、2リットルのコカコーラを1日かけて飲む。それだけで1000キロカロリーはある。また、あるフィリピン人は昼食の他に、一日かけて、大きなパンに銀紙に包まれたバター一本分を付けながら食べる。2000キロカロリー近くはありそう。朝5時に開く近所の雑貨屋では、早朝から、そういった日中のカロリー源を買い求める労働者の列ができる。

私もクッキーやチョコレートなどおやつをバクバク食べながら摘む。それでも例年4ヶ月間の収穫で4キロぐらい痩せる。農閑期には太るが、コーヒー栽培を始めて8年間で13kg痩せた。26年前の渡米時の体重に戻るのにあと一息だ。

 前述の通り、デング熱からの回復後にリバウンドをして血液検査の結果が悪かったので、昨年の収穫開始と同時にダイエットを決意。畑での菓子のどか食いを止めた。畑で食べるのは昼食のおにぎり、おやつひと口、水2~3リットルのみ。ただし、それ以外の食事制限はなし。朝はしっかり食べるし、夜はご飯もステーキもデザートも食べ、ビールやワインは飲み放題。一日2500キロカロリーは摂取する。それでも、2ヵ月後の10月末までには4kgも体重が減った。体重減少が急過ぎるので食事とビールの量を増やし、その後の2ヶ月間の収穫時期の体重は安定した。

 ちょうどその頃、アナウンサーの生島ひろし氏が、ダイエットに成功したというコマーシャルが出ていた。2ヶ月で9kgも痩せたそうだ。これは凄い。でも、調べたところ、生島氏のダイエットプログラムは、ビールもご飯もお菓子も我慢する厳しい低糖質の食事制限と、ジムでトレーナー付のきつい筋肉トレーニングをする。しかも、2ヶ月で最低でも35万円は支払うらしい。

 一方、私の場合は農園主なのでいくら摘んでも収入にはならないが、仮に友達の農園で2ヶ月も毎日摘んだら70万円は貰える。4ヶ月間の収穫シーズンをフルに摘んだら140万円超。ご飯、ステーキを食べ放題、ビール、ワインの飲み放題で、4kg痩せて、しかも70~140万円も貰える。夢のような話だ。

冒頭にコーヒーにはダイエット効果があると記した。もう、お気付きだと思うが、飲んだだけで痩せる訳ではない。ちょっとちょっと、それを期待して読み始めたそこのあなた、そんな甘い話がある訳ないでしょ。摘むから痩せるのだ。それでもこのダイエット法をお試しになりたい方には、念のため、50歳を過ぎて2500キロカロリー以上を食べながらでも2ヶ月で4kgも痩せるのは、相当つらい作業だと補記しておこう。毎晩手足がつるよ。

珈琲と文化の原稿 2016年春号


「珈琲と文化」2016年春号に掲載されたエッセイーを転載します。
 201304 Bees
 ハワイ島には雪が降る。スバル天文台のあるマウナケア山(標高4,207m)の頂上は、冬には雪で白くなる。雪が積もると、山頂の薄い酸素の中で午前中にスノーボードで滑り、車で2時間かけて海まで行き、午後に常夏の海でサーフィンをする強者が現れる。

コナから北へ60kmのワイメアの町は標高が高く、ごく稀に雪が舞う。柳家喬太郎師匠の新作落語に「ハワイの雪」という粋な落語がある。もしかしてワイメアが舞台かも 。

コナにも少し変わった雪がある。コナコーヒーの収穫は秋に始まる。年を越す頃には収穫も終盤。8割方の実は既に摘み取られている。コーヒーの木は残った実に栄養を与えようと、栄養分を枝や葉から実に移動する。葉は黄色くなる。この時期コナは乾季で、幹や枝や葉は乾燥し、コーヒーの木は最後の力を振り絞っているように見える。うちの妻などは「頑張れ、もう少しだからね」などと、木に話しかけながら実を摘んでいく。1月、収穫が終わる頃になると乾燥は進む。コーヒーの木は成長を止め、冬眠したようになる。

やがて、春が来る。雨が戻ってくる。雨が降る度に、コーヒーの木は水分を蓄える。同時に日照時間が長くなり、気温が上がると、木は成長を再開する。緑の新芽が芽吹き、木は元気を取り戻す。そして、雨の数日後にいっせいに白い花を咲かせる。花の命は短く、2~3日ほどで萎れてしまうが、次の雨が来るとまた咲く。これが5月頃まで何度も繰り返えされる。何度か開花するなかで、特に満開に咲くと、コーヒーの木も畑全体も白く見える。まるで雪のように見えることから、これをコナスノー(コナの雪)と呼ぶ。

昔の日系移民はコーヒーの花が咲くと、畑に出て弁当を使い、酒を飲み、歌い、花見をしたそうだ。ハワイには台湾から来た寒緋桜はあるが、ソメイヨシノはない。コナスノーはその代わりだそうだ。

余談だが、東京市がアメリカに桜を寄贈したのが1912年。ワシントンDCのポトマック川の桜が有名だ。それから100周年を記念して、全米で桜を植える動きが盛んになった。ハワイにも日本の桜を植えようと、ハワイの気候に合う品種として、大島桜が2012年にハワイ島で一番涼しいワイメアに植えられた。しかし、今年は2月上旬に台湾の桜は咲いたものの、大島桜は咲かなかった。暖冬で寒さが足りなかったそうだ。そういえば、昨年の夏は猛暑と豪雨が続き、年末年始は暖冬で、12月以降雨がまったく降らず、2月に入って急に冷え込んだ。なんだか気候が変だ。

コナスノーになると畑いっぱいにジャスミンの様な甘く芳しい香りがする。とても良い香りだ。この香りとともにコナスノーを彩るのがハチの羽音。たくさんのミツバチが現れて蜜を取る。ブーンという羽音は一つ一つは小さくとも、それが何万と重なり、コーヒーの葉に反響する。まるでコーヒー畑全体が鳴り響いている感じがする。家の中にまで聞こえ、朝、その音で目が覚めるほどだ。こういう日は、花を傷めないように、また、ミツバチの邪魔をしないように、農作業は控える。花見をする絶好の言い訳だ。

コナコーヒー(アラビカ種)は、同じ花の中で自家受粉するので、必ずしもミツバチは必要ない。しかし、コナではミツバチが多いほど、コーヒーの実が大きくなるし、収穫量も増えるといわれる。ミツバチは大歓迎だ。

多くの作物はミツバチが作柄を左右する。たとえばアーモンド。カリフォルニアが世界の大半を生産している。2月の開花時期に、ハワイを除く全米49州から養蜂業者のトラックが大移動し、受粉を請け負う。ミツバチは気温が13℃以上、風が時速25km以下で、雨が降っていないという条件が揃うと、蜜を取りに来る。この条件が揃っている時間をBee Hours(蜂時間)という。開花の週、特にピークの3日間にどれだけ蜂時間があったかが勝負で、それによりアーモンド市況が変動する。

海を隔てたハワイは、養蜂業者がアーモンド受粉には参加しない唯一の州だが、コナは世界有数の女王蜂の産地で、各地に女王蜂を輸出している。ハワイ島コナといえば、コーヒーやマカデミアナッツが有名だが、ハチも盛ん。コナは温暖で、様々な果物がある。1年中、花が咲き乱れる。マウナロア山とフアラライ山が貿易風を遮るので風が穏やか。ミツバチには住みよい環境だ。

ところが、ここ数年はコーヒー畑に来るミツバチの数が少ないように思われる。世界的なミツバチ減少(蜂群崩壊症候群)の波がハワイ島にも押し寄せている。数年前までは、ハワイは被害のない、世界でも数少ない地域の一つだったが、遂に、減少要因の一つとされるダニやウィルスのハワイ島への上陸が5年前に確認された。

世界の食料品の3割はミツバチにより受粉されるといわれ、ミツバチの減少は人類文明を覆しかねない由々しき問題。今やミツバチは大切な資源。心あるコーヒー農家は、花が咲く直前には、棒を持って畑を歩き回り、くもの巣を取り除く。

隣町のワイコロアのカボチャ畑では、ミツバチが来なくて、実が生らないことがあるそうだ。ウリ科は雄花と雌花があり、受粉には昆虫が必要。そこで、カボチャを育てるために、畑の一角に養蜂箱を置き、まずミツバチを育てることから始めたそうだ。

今年はうちの畑にも養蜂箱を2つ置いた。自宅の庭でミツバチを育てている友人が、うちの農園にも養蜂箱を置いて育てている。畑の近くは森で花が豊富。しかも、うちは標高600メートルで友人の家よりも5度くらい気温が低い。それがミツバチに良いらしい。コーヒーが育つ場所は涼しくて人間が住むにも快適だが、ミツバチにも快適らしい。今年はコーヒーの花の蜜の入った蜂蜜が食べられそうだ。

さて、コーヒーは開花後1ヶ月程で、花が散った跡に小さな緑色の実がなり始め、3ヶ月で小指の先ぐらいに成長する。その後サイズは変わらないが、中に徐々に栄養を蓄えて、8ヵ月後には赤く熟す。花は1月から5月にかけて咲くので、収穫は9月から1月。

このスケジュールは場所によって異なる。コナコーヒーの産地は標高200mから800m。標高の低い地域は収穫が早く終わるが、高い地域は遅くまで続く。

年によっても成熟の時期は異なる。2015年は夏の猛暑でコーヒーの成熟が早まり8月から収穫が始まり、1月までの6ヶ月間に9周した。2014年は10月に収穫が集中した。2013年は11月に一斉に赤く熟し、11月一発勝負の畑もあったらしい。時期が集中しすぎて、労働者が足りず、樹上で実を腐らせた農園が続出した。2012年は逆に、11月の収穫が少なく、10月と12月に収穫が集中した。11月分は8ヶ月前の花が咲いた日に豪雨が降り、ながめ(長雨)をいたずらに、ながめ(眺)ているうちに、花が落ちてしまった。

「花の色は うつりにけりな いたづらに わが実地に降る ながめせしまに」[1]

さて、今年は前述のとおり気候が変。11月の長雨の後に11月末に花が咲き、それ以降は雨がぴたりと止んだので、花も咲かなかった。コーヒーの木はつぼみを充実させて雨を待った。2月上旬に久々の雨が降ると2月中旬に一斉に花が咲いた。今年の収穫は7月下旬に少し、8月と9月はお休みで10月に忙しくなりそうだ。








[1] 百人一首の小野小町の歌は「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」






珈琲と文化の原稿 害虫対策について


201603CBB for coffee and Culture

季刊誌の「珈琲と文化」が創刊100号を記録しました。25年の長きに渡っての珈琲業界に情報を提供していただいています。今般、100号を記念して別冊号が発行され、そこに「ハワイ島コナ害虫対応奮闘記」というエッセイを寄稿しました。
以下に転載します。

ハワイ島コナ害虫対応奮闘記


山岸コーヒー農園


山岸秀彰


http://yamagishicoffee.com


第1章 CBBとは

 2010年にCBB(Coffee Berry Borer)という害虫がハワイ島に上陸した。近年ハワイコナコーヒーが品薄になったのはこれが原因だ。中南米のスペイン語圏ではブロカとも呼ばれ、コーヒーには最大の害虫。世界中のコーヒー産地に生息して、ハワイにはいなかったが、ついに上陸した。上陸の原因は不明。旅行者の服などに付着して来たか、ブレンド用に輸入している他国産の生豆に含まれていたなどの原因が考えられる。

CBBは体長1ミリ以下。コーヒーの果実に50-100個の卵を産む。種子の中で成虫し、早くて5週間で世代交代する。オスとメスの割合は1対4。メスは飛ぶがオスは飛べない。飛べないどころか、オスは一生を生まれた実から出ずに暮らす。なにせ家にはメスが4倍。大もてだ。外出する気にならない。卵を抱えたメスは雨が降ると実から出て近くの新たな実に入り込み産卵する。仮に5週間で50倍に増えるとすると、10週間で2,500倍、6ヶ月間で3億倍の計算になる。対策なしでは畑は全滅する。虫食いの実が地面に落ちると、地上の乾いた実の中でも6ヶ月以上も生き延びて翌年の畑を襲う。

よく日本人の産地視察レポートで、「この農園ではトラップ(罠)でCBBを退治している」などの記述を見かける。これはトラップ内のエタノールとメタノールの匂いに誘われて入ったCBBが石鹸水で溺れる仕組みだが、畑のどこにCBBが多いかを調べる道具で、これでCBBは減らない。これにかかるCBBは全体の数%。そんなアルコール臭よりも本物のコーヒーの実が好きらしい。この人は、農園主に体よくあしらわれて視察を終えたことになる。農園の倉庫を覗けば、ずらっと殺虫剤が並んでいるかもしれない。

 CBBを捕食する天敵でCBBの蔓延を防いでいる、あるいは、ニンニク、唐辛子、ハーブなどを使用するなどの説明も同様で、劇的な効果はない。虫を追い払うよりも、そういう説明で煙に巻いて視察に来た人を追い払う程度の効果しかない。

 

第2章 他の産地でのCBB対応策

 世界の産地でCBBの対応策の第一は、なんと言っても殺虫剤の使用である。大多数のコーヒー農園で殺虫剤が使用されていると推定される。

 畑の中のCBBの8割は実の中にいる。通常の接触型殺虫剤では実の外の2割にしか効かない。よって、コーヒーの実に染み込み、中のCBBを殺す農薬が開発されている。

コーヒーの栽培・精製方法は気候・風土によって異なるように、CBBも対策が異なる。中米やブラジルのように乾期・雨季が明確で、収穫が短期間に集中する地域は、果実の熟度が揃うので、成熟のピークに合わせ、わずか数回の殺虫剤散布で対応が可能である。

しかし、コロンビアのように年間をとおして常に実が生り、年に2度も収穫ピークがある産地では、一年中殺虫剤を散布し続ける必要がある。そこで、コロンビアを中心に、殺虫剤を削減、あるいは使用せずに対応する試みも研究、実践されている。IPM(Integrated Pest Management)である。

 その骨子は以下のとおり。

1.頻繁にサンプリングにより畑の中の被害率・被害状況を把握する。

2.適切なタイミングで農薬を使用することにより、使用頻度を減らす。

3.殺虫剤の代わりにBeauveria Bassianaという白カビ(後述)の導入。
4.区画ごとに剪定を行う。その区画は1年間、実がないのでCBBも根絶できる。

5.ウェットミルの発酵槽にふたをするなど、ミルから畑への還流を防ぐ。

6.収穫時に完熟・過熟実を摘み残さない、また、地面に落とさない。

7.収穫シーズンの終わりに、すべての完熟実・過熟実を取り除く(ストリッピング)。

 このうち6と7が重要。虫食い実が地面に落ちると翌年に被害が繰り越される。完熟実・過熟実を摘み損ねると、乾燥して地面に落ちる。CBBの棲家をすべて畑から取り去ることが肝要。

 

第3章 コナでのCBB対応策

 コナの収穫期間の長さは、中米とコロンビアの間である。標高の低い地域では収穫時期は3ヶ月ぐらいであるが、標準的な標高では4ヶ月以上に渡る。また、標高の高い地域では1年中収穫が続く。

 6年前のCBB発生以来、州政府や農業団体が中心となって、コロンビア型のCBB対策をハワイ風にアレンジした啓蒙活動が盛んに行われている。その骨子は以下の通り。

1.コロンビア人の専門家を招聘しIPMの導入。セミナー・ワークショップの開催。

2.農薬の規制の厳しいアメリカでは他国で使用される殺虫剤が使用できな。殺虫剤の代わりにBeauveria Bassianaを導入した。これは白カビの一種。農家はカビ胞子の濃縮液を購入し、希釈して畑に散布する。実や葉に胞子が付着し、CBBが産卵の為に実から出てきて歩き回ると胞子がCBBの体に付着して1週間程で体内にカビが生えて虫が死ぬ。一種の生物農薬で、殺虫剤と違って、散布後1~2週間は胞子が生き続けて効果が持続する。また、CBBが耐性を獲得しないので、効かなくなることがない。そして、昆虫類以外の生物へは無害である。   

3.Beauveria Bassianaの問題点は、費用が高いこと。しかし、連邦政府などから補助金を取得し、農家がこれを割安で買える制度を作った。

4.Square Neck Beetleという天敵の普及活動。ハワイには固有種の動植物が多いので、勝手に外から天敵となる昆虫を持ち込むのは御法度。偶然にもハワイに既に生息するSquare Neck Beetleが虫食い穴から進入してCBBとその幼虫を食べることが発見された。各農家はそれを育て、定期的に畑に放している。

5.ハワイ島から他島への拡散を防ぐために、他島への生豆の移動を禁止。2015年にオアフ島の農園には拡散したが、カウアイ島とマウイ島ではCBBは確認されていない。生豆を日本へ空輸する場合にはオアフ島のホノルル空港を経由するので、麻袋は二重にビニール袋の中に梱包する義務が課された。

 

第4章 コナの問題点

 これらの努力にもかかわらず、コナのCBB被害は甚大で、他の産地以上にこれを制圧することが困難。それにはいくつかの要因が考えられる。

1.最大の要因は農薬の規制。アメリカはコーヒー産出国の中で、最も厳しい農薬の使用規制がある。よって、コナでは他の産地で使用されている農薬は使えない。

2.専業農家の欠如。19世紀末に日本人移民が発展させたコナコーヒーも、今では日系4世・5世。彼らは他に仕事を持ち、週末だけの農業。また、70年代に米本土から渡り、担い手となったヒッピーたちも今は高齢。この新たな害虫と闘う気力のある農家は少ない。コーヒーを諦める農家が続出し、放棄された農園はCBBの楽園と化す。隣の畑がそうなるとCBBがどんどん飛んでくる。ますます諦める農家が増える。

3.統一的な統制の困難さ。コナには600軒以上のコーヒー農家があるといわれる。うち、何軒が既にコーヒー栽培を諦めたかは不明。放棄された畑はCBBが野放しとなり、真剣に取り組む農家には迷惑だが、個人の権利の強いアメリカでは、放棄する側にも放棄する権利はある。それをがんばり続ける側や市政府がとやかく介入することは法的に不可能だ。よって、町全体が協力して対応することは困難である。

4.労働者確保の問題。コーヒーの農作業は重労働だ。アメリカ人は失業してもウォール街を占拠して抗議するのには熱中するが、農作業は誰もやりたがらない。よって、中米などからの移民に頼るが、近年の移民規制強化で、その数が絶対的に不足している。しかも、近年の不動産開発ブームで労働者が建設現場に奪われ、益々人材不足。力関係で労働者の方が農園主より強く、めんどうな作業が求められるIPMの強要は困難。実を地面に落とすななどと要求すると、うるさいこと言わない隣の農園へ労働者が流れる。

5.収穫時に地面に実を落とさないことが翌年の被害を抑える要であるが、コナでは、これが他の産地よりも難しい。第一に地面は溶岩だらけ。実を落とすと溶岩の隙間に入って拾えない。さらに、コナの品種はティピカ。最高級品種だが背が高い。コナはコーヒーに最適の気候なので、ティピカが他の産地よりも驚くべき速さで成長する。収穫はフックで高い幹を手繰り寄せて、たわませて実を摘む。その際にどうしても実が地面に落ちる。品種改良された矮小種を育てる他国にはない悩みである。

6.コナのCBBは他の産地のCBBよりも繁殖力が強い印象を私は持つ。ここ数年、他国の専門家と話したり、他の産地に視察に行った経験から、他国での対策をそのままコナで行っても、コナのCBBには到底太刀打ちできないと感じる。コナは、他国では栽培が困難な原種に近いティピカでさえ驚異的なスピードで生育する最高の気候・テロワールを持っている。その気候は太古からコーヒーとともに進化してきたCBBにとっても最高の気候と感じられる。その繁殖力は尋常ではない。

 

第5章 山岸農園での取り組み

さて、こうした逆境のなか、山岸コーヒー農園では様々な試行錯誤を重ねながら以下に述べるような対応を行ってきた。その甲斐あって、山岸コーヒー農園はCBBの被害率は被害が始まった最初の年を除き、5年連続で1%以下に抑えることに成功した。コナコーヒー農家600軒の中で、被害率はダントツに低い水準である。

1.精鋭部隊の結成

 農園主が収穫作業やその他農作業を行う農園は少ないが、山岸農園では我々夫婦が中心になって行う。5エーカー(7,000坪)と小規模であるが、2人では手が回らないので、一組のメキシコ人夫婦を年間を通して雇っている。パートナーとして利益を配分する約束なので、彼らがまじめに働いて害虫の被害を最小限に抑えれば、彼らの収入も増える。固定給や時給で雇うのとは、品質に対する責任感が違ってくる。

2.きれいな収穫の励行

 まず、収穫の際には地面に実を落としてはいけない。落としたら拾う。さらに、収穫用のバスケットにジップロックの袋を付ける。摘み取った赤く完熟した健康な実はバスケットへ入れる。虫食いの実や、過熟実、過熟して黒く乾燥した実はジップロックへ入れて捨てる。過熟実や乾燥した実には、緑や赤の実よりも多くのCBBが集中している場合が多いのでこれらを確実に畑から取り去ることが重要。

 三週間で畑を一周し、同じ木を三週間毎に摘む。各回、未熟の緑の実だけを残し、赤い完熟実、過熟実、黒く乾燥した実は枝に残さない。完熟実を摘み残すと過熟後アルコール臭を発し、CBBに襲われる。三週間後に戻ってくる前に、乾燥してCBBを抱えたまま地面に落ちて、翌年のCBBの被害が広がる。よって、赤い実を摘み残してはいけない。

3.ストリッピング

収穫時期の終盤の1月に収穫量全体の10~20%程度が熟さずに枝に残っていても、それらを摘み取って捨てる(ストリッピング)。翌年の実が大きくなる3月までの間に、畑に実(CBBの棲家)が存在しない状況を作る。この期間が長いほど良い。中米やブラジルのように乾季雨季の差が明確で短期間に収穫する地域では、畑に実のない期間が5ヶ月にも及び、地面に落ちたCBBの多くが死滅する。しかし、コナでも標高の比較的高い山岸農園では自然体ではそのような期間は存在しないので、収穫量を犠牲にしても終盤に残っている実を強制的に取り除き1~2ヶ月の空白時期を作る。

また、普段はサンプリング用に使う例のエタノールとメタノールのトラップ(罠)は、この実のない期間には、かなりの捕獲効果がある。捕れるだけ捕る。

4.天敵の飼育

 昨年、CBBよりもひとまわり大きいSquare Neck Beetle がCBBのいる実に入り込み、CBBの成虫や幼虫を食べるのが発見された。発見した老人は偉い。いったい幾つの虫食いの実を開けて観察すると、こういう発見に至るのだろう。私なんか最近変な虫が多いなと呑気にプチプチ指で潰していた。発見後、家のバスルームで飼育したら、入れ物から逃げ出して、バスルーム中が虫だらけになった。

5.木を健康に保つ

健康な木には抵抗力があるので、一般的な害虫は体力の弱った木を襲う。よって、木を健康に保つことが害虫への第一の防衛策である。しかし、CBBの場合は事情が違う。CBBは不健康な木の不健康な豆は襲わない。健康な実を選んで襲う。既にCBBが取り付いた木や実が栄養不足で不健康になると、CBBは嫌がって中から出てきて近くの健康な実へ移る。したがって、不健康な木とその周りには虫食い実の数が増える。

CBBは住む実が健康だと居心地が良いので、2世代目、3世代目も同じ実の中で暮らすこともある。その3世代住宅の実が赤くなる頃には中に200匹以上ものCBBが集中する。収穫の際にその実をきちんと取り去れば、一個の実で200匹以上を退治できるので効率が良い。つまり、赤い実の方が一個当たりのCBBの数が多いから、取り残してはいけない。不健康な木だと、一個の実の中のCBBの数が少ないが、虫食いの実の数が多くなるので、より多くの虫食い実を取り除かなければならず効率が悪い。

6.カビ胞子散布の励行

 前述のBeauveria Bassianaという白カビの胞子を散布する。これはコナの自然界に存在する。胞子が直接、昆虫類に付くと、そこから体内にカビが生えて昆虫を殺す。  

 これを月に1~2度程度散布する。定期的に散布するのではなく、被害状況のほか、雨量や湿度を見ながら散布時期を決める。CBBのメスは雨が降ると実の中から出てきて、産卵のために近くの実に入り込む。そのタイミングで散布すると効果的。湿度が高ければ、実や葉の表面に付着したカビの胞子も生き延びて、CBBが歩き回ると胞子を体に巻きつける。効果が2週間以上に渡って持続する。 乾燥した日が続いている時に散布しても、CBBは実の中に潜んでいるので効果はないし、実や葉の表面に付着したカビの胞子もすぐに死んでしまうので効果が持続しない。

7.カオリン

 山岸農園ではカビの胞子を散布する際にカオリンという粘土を混ぜて噴霧する。カオリンは中国の景徳鎮の磁器に使われる粘土で、有機栽培の果物の害虫対策に用いられる。よくリンゴやブドウの表面に見かける白い粉のコーティングがカオリン。胃薬や整腸剤に入っている物質で食べても問題ない。

 果実に粘土の膜を施すと、ザラザラした表面を害虫が嫌がり、果実に侵入するのを防ぐ。山岸農園では世界に先駆けてコーヒーにカオリンを使用した。CBBを抑制する効果は確実にある。ただし、収穫時期が始まると使えない。シーズン最初の収穫では、まだコーティングが残っていて、実を摘むと粉が舞い上がり、涙は出るは、くしゃみは出るは。コナでも追随する農家が数軒あるが、他国での使用実績はないと思われる。   

8.微生物群

カビ胞子を散布する際にカオリンの他に乳酸菌や酵母菌などの有用微生物群も混ぜて散布する。その効果の程は私には未だ不明で、おまじない程度かもしれない。目的は虫食い実が地面に落ちた後に、微生物がその実を早く分解して彼らの家を破壊することにある。翌年までCBBが生き残るのを防ぐ。

6年前にCBBが初上陸し、まだ対処方法を知らない頃、私はこれを考え付いた。微生物の液は比較的安価に作れる。同じ頃、これと同じ原理のものを法外な値段で販売する者が現れた。原材料は企業秘密で公開されなかったが、私には臭いでその正体が判った。CBBが発生して、誰もどう対処すべきか判らない時に、最初に登場した対処法で、すごく効果があるとの証言者が相次ぎ、一般の人々も飛びついた。かなり売れたらしい。しかし、やがて、その販売者と証言者たちがグルだと判明し、その商品は店頭から消えていった。効果は不明。混乱期にはこういう人物が現れる。商魂たくましくて感心する。  

9.ハンドピッキング 

 これまで述べてきた方法で、他の産地ではCBBを相当程度、抑制できるかもしれないが、コナでは1%以下に抑えるには不充分と感じる。コナのCBBは元気すぎる。

 山岸農園では、春から秋にかけて、畑の中の全ての木の全ての枝の全ての実を何度も見て回り、虫食いの実を取り除く。CBBは生後5週間で卵を産むので、畑を月に一周のペース回る。5エーカーの畑には3,300本の木に数千万個の実があるので、その全ての実を見て回るには、忍耐力を要する。他の農園からはクレイジーといわれるが、これなくして1%以下に抑えるのは、強力な農薬でも使わない限り無理だ。おそらく、これを行うのは、コナはおろか、世界中の農園でも、山岸農園だけだと思う。 

世間は気違い扱いするが、コツがある。3月・4月は花が咲いたばかりで、実の数が少ない。そこへ待ってましたとばかり前年に地面に落ちた実の中からCBBが出てきて襲うので、急激に虫食いが進む。畑にまだ実が少ないその時期に丁寧に虫食い実を取り除くことは比較的容易。これで自分の畑に潜んでいたCBBはあらかた退治できる。

しかし、私の畑はまわり三方を虫食いの畑に囲まれ(南と東の畑は100%、北は約20%の被害率)、ドンドン飛んでくるので、作業は続く。夏には実が多すぎて、見落としが多くなるが、9月の収穫開始時期に被害率を0.1%以下に抑えられれば、1月の収穫終了時に5%程度まで上昇しても、シーズン全体の平均で1%以下に抑えられる。   

この作業は集中力を要する。一つでも見逃すと一ヶ月後に戻って来た時には、十倍以上に増えている事がよくある。大量発生した木を1時間以上かけて摘み取っても、一ヵ月後には倍もやられる。恐ろしい害虫だ。天敵を放し、カビ撒いて、カオリン撒いて、微生物撒いて、手で取り除いても、ドンドンやってくる。無力感にさいなまれる。

増える前に押さえ込む。最初のひとつを見逃してはいけない。集中力を要するので、3時間以上は続けられない。我々4人では人手が足りない。春から夏は閑散期だが、近所のピッカーを雇おうにも、「あんなクレージーなことは出来ない」と断られる。幸いにも、コナには日本人女性が随分と住んでいる。彼女らは早朝に子供を学校に送ると昼まで時間があるので、彼女らに手伝ってもらう。都合の良い日時に来てもらう完全フレックス制。根気と注意力の要る作業だが、彼女ら日本人の特殊能力が発揮される。  

10.ブロック(区画)剪定

 山岸農園では以前は3列に1列の割合で膝の高さに剪定する方式を採ってきたが、数年前からCBB対策の一環として、ブロック剪定に変更した。これは畑を3つの区画に分けて、1月末に1区画の木をすべて膝の高さに剪定(カットバック)する。(コロンビアでは5~6区画に分けて、5~6年毎に剪定するが、コナは成長が早いので、3年毎の剪定。)  

 剪定した区画には一年以上実が成らないので、その区画からはCBBは消える。よって、上述のCBB対策はまったく必要ない。  

 前年に剪定した区画は、まだ木が小さく収穫量は一本あたり5~10kg程度と少ないが、前の年にCBBを一掃しているので、被害率は少ない。よって、対応も軽くて済む。木も低いので、収穫の際に実を落とすリスクも少ない。

 前々年に剪定した区画は木が大きく収穫量は一本あたり20~50kgと大量に採れる。畑全体の収穫量のほとんどがこの3分の1の区画に集中するので、CBB対策もこの区画に集中する。ここは木が高いので収穫の際に、どうしても実が地面に落ちるが、シーズン終了後はすべて剪定してしまうので、翌年にCBBが繰り越される心配がない。    

 この方法を採ると、CBB対策を畑全体の3分の1に集中できて、随分と楽になる。にもかかわらず、コナでこの方法を採用したのは数軒のみ。追随者が出ないのは、収穫量が減るのを恐れてのことか。  

11.ミル

 収穫後はウェットミルで水に浮かぶ虫食い豆を除去する。ドライミルで比重選別機で更なる選別を行う。コナではこのほかに色選別機を用る農園もあるが、山岸農園では既に1%以下なので色選別機は用いない。

 

第6章 終わりに

 一般には生豆のCBBの虫食い率が5%以下であれば、カップに影響しないといわれる。よって、一般的なCBB対策プログラムは5%以下に抑えることを目標として組まれる。

一方、昔から日本への輸出はほとんど最上級の等級のエクストラファンシー。日本人はコナというとエクストラファンシーしか買わない。今般、虫食い率が5%だと、カップには影響しなくとも欠点豆の基準からエクストラファンシーを名乗れない。よって、日本中からハワイコナは消滅した。今年は大手農園が色選別機で選別に選別を重ねて、随分とエクストラファンシーを作ったそうだ。日本にも少しは行くのだろうか。現状に合わない等級制度を続けているコナにも問題はあるが、別にエクストラファンシーにこだわらなくとも、味に変わりはないのだから、どうにかならないものかと思う。

 さて、山岸農園は畑の三方を虫食いの畑に囲まれる逆境の中、5年連続で虫食い率を1%以下に押さえた。しかも、1%以下の農園はコナには他に存在しない。まあ、その必要もない。山岸農園でも今後とも1%以下に抑える必要もない。実際に虫食い率を10%から5%に半分にするより、2%から1%へ半分にする方が遥かに難しい。かなりの時間と労力と費用を使った。

なぜ、そこまでむきになってやっているのか。5%を目標にすると、何かあったときに10%になってカップに影響してしまうが、1%が目標ならば2%で済む。また、限界までやってみたら、こうなりましたと、モデルケースとして他の農園の参考になる。いや、そんな高邁な理由よりも、ただ、世界に数あるコーヒー農園の中で、一番厳しい努力をして、誰もやっていないことをやってみたかっただけかもしれない。今後のことは判らない。

2016年2月