モーハワイ☆コム

アーカイブ: 2010年8月

NOBU寿司?!



とるみちゃんのお誕生日のお祝いに明日、AZURE(ロイヤルハワイアンホテル内)とNOBU(パークホテル内)を予約しておいたから明日までにどっちがいいか決めておいて。

というテキスト(>日本でいうショートメール?スカイメール?)がアメリカ人の友人から送られてきました。

きゃ〜うれし〜

でもAZUREとNOBUか・・・

どっちもイマイチ・・・

な〜んて思ってしまった贅沢者でバチ当たりな私

だってやっぱりシンプルな日本食が一番好きなんだも〜ん。

でもどっちか決めろっていうなら
やっぱり基本が日本食のNOBUかな〜。


ってことで!


家からワイキキトロリーに乗って行ってきました、NOBUワイキキ
(>せっかくNOBUに行くならリムジンくらい乗れよ〜)
めっちゃ久しぶりです



NOBUはもうダメらしい、
今年中に閉めるらしい、
なんていろんな噂を耳にしますが
さすがは天下のNOBU!
この日も満席御礼でございます

そしてお隣にはフットボール選手が!
(>って誰だか私には分かんないけど・・・)

さて、肝心のお食事ですが
とにかく普通のシンプルな和食が好きな私。
メニューを見ても特にコレが食べたいっていうのはなし。。。

それでも生ガキならあるだろう、と思い「生ガキをポン酢で」って頼むと
メニューを指さして
「オイスター3種ソース($12)でいいですね。」

本当はポン酢だけでシンプルに食べたいんだけどな〜

ま、いっか。


(※ちなみに写真は2人前)

それと・・・

「今日のお勧めのお魚で適当にお造りを2人前お願いします。」と頼むと
またまたメニューを指さして
「では、このはまちのハラペーニョ添え($20)とまぐろのたたきポン酢ソース($18)、アヒポキNOBUスタイル($19)でどうですか?」

・・・ってソレって
アラカルトの寄せ集めじゃん

へんなソースとか、NOBUスタイルとかじゃなくて
シンプルでいいのよ、シンプルで。

説明しても無理なので
「寿司シェフに”今日のお勧めのお魚でお造り2人前”ってそのまま伝えて下さい。」

ってお願いしました。

アメリカでは基本的にそういうオーダーの仕方はありません。
「メニューにないものはありません!」
っていうウェイターさんもいるくらい

”めっそ”なんてとんでもない!
お寿司屋さんのメニューにだってお刺身何枚(pc)まで記載されています。
これもカルチャーの違いですね。


しぶしぶ板前さんに私たちのオーダーを伝えに行ったウェイターさん。
納得いかないんでしょうね、ごめんね。

そうして出てきたのが写真のお刺身です

ちゃんと普通のお刺身だって出来るじゃん
どれもとってもおいしかったし
(>お値段は分かりませんが・・・

結局生ガキとお刺身でかなりお腹いっぱいになって
〆に味噌汁にかっぱと納豆巻き頼んで終わり。
(>NOBUでかっぱと納豆巻き?!!!)

ちなみに納豆巻きの細巻きは出来ないって言われたんだけど
それって切る時に包丁についちゃうから今だに疑問である。

それにしてもせっかくのNOBUだっていうのに
創作料理を食べないなんてもったいないことしちゃったなぁ〜。

これじゃまるでNOBU寿司に行ったみたいだよね

IKKOさん



今日は久しぶりに同僚とランチでした

女5人でわいわいDFSの中に入ると
ステージが作られていて真ん中にはでっかい女性が?!
アメリカ人のモデルさん???

偶然横を歩いていたモーハワイのユースケが

「とる美さん、あれIKKOさんですよ。」

私の同僚はみんな

「え???IKKOさんて誰???誰だれ???」

IKKOさんね、知ってますよ

どんだけ〜

の人でしょ。


今日の夜はDFSでIKKOさんのトークショーがあるそうで
そのリハーサルだったんですね。


とっても優しい方みたいで
この後ステージから降りてきて
みんなと握手してくれました。


てワケで
今日8/25日の夜は8時からDFSギャラリア1Fで
IKKOさんのトークショーがあるそうですよ〜!

まさかの火事?!



日本からハワイに戻り、すぐに仕事復帰です。

なんだか疲れが取りきれない感じだけど、そこは若さ(?!)で乗り切るしかないっ!

なんて思いつつ、2泊のフライトに出かける準備をしていたら
私の住んでいるアパート恒例の火災探知機が作動し始めました。

またか・・・

強烈なサイレンが鳴り
しばらくすると
「緊急事態は解除されました。緊急事態は解除されました。」
ってカタ言の日本語でアナウンスが流れるハズなんだけど・・・

「本当の緊急事態です。速やかに部屋を出て避難して下さい。」

「本当の緊急事態です。速やかに部屋を出て避難して下さい。」

え〜〜〜?

本番かい???

何で今火事なワケ?もういい加減にしてよ〜

今非難したら仕事に行けなくなっちゃうよ===


あまりにも長い休みを取った後だったのでいくら緊急事態とはいえ
あまりに気が引けて簡単に避難する気にはなれませんでした。

ラナイから階下を見たけど、煙出てる様子はなさそう。
本当に火事なの?

避難するのか、このまま仕事に行く用意をして仕事に行くのか
今、決めるしかない!


そして決めました!


仕事に行く!


警報器のすごい音とアナウンスが繰り返される中
窓の外を気にかけながらもモクモクとお化粧を続ける私・・・。

ウ〜ウ〜ウ〜。
消防車も来始めてるじゃん・・・

約30分後、無事に身支度を終え、避難・・・じゃなくて仕事に出掛けるため
2泊分の重たい荷物を持って部屋を出ると
緊急事態のため、エレベーターは全部止まっていました。

部屋に戻って、どうしても今日必要な荷物以外を置き
再度自分に言い聞かせました。

今日は仕事に行く!

ハイヒールを履き、二つの重い荷物を持ち
階段で22階から車を停めてある2階まで降りました
この日ほど、フライトバッグの重さを恨んだことはありません。

避難後だからでしょう、ほとんど駐車している車もなく
なんとか自分の車に辿り着き、す〜っと運転してアパートを出ると
外には消防車、消防士、避難している住民たち、ホテルの宿泊客たちがたくさんいました。

やっぱり本物だったんだぁ・・・

フライトから帰ってきたら私の部屋は無事だろうか・・・。
ま、火事で燃えちゃったとしても物が無くなるだけだし。

そう思いながら運転していると急にお腹に激痛が

すでにすごい筋肉痛です

無事に2泊のフライトから戻りましたが
何かすごい体験したな〜。

母の病気 #2



腎盂がん・・・

文字通り

が〜ん

って感じでした。

父と弟は日本で、私はハワイで
腎盂がんについていろいろ調べた結果
母の場合は見つけるのも難しいほどの初期段階だったので
外科治療をすれば治る可能性が高いことが分かりました。

結果が出てからの母は
「原因が分かってほっとした」のと
「体の中に悪い物がある」という気持ちで
日々不安定だったようです。


そして7月末、予約していた日程通り
腎臓と尿管を切除する手術を受けました。
この時までには私も仕事の休みが取れ、
日本に戻ることが出来ました。

予定よりも少し長い6時間の手術でした。

最初はみぞおちをかなり切る予定でしたが
術後の負担などを考慮して体の横に3つの穴と
お腹の下を20cmほど切る方法に変更になりました。

手術後、父とともに担当医師から個室に呼ばれ
切除した腎臓と尿管と、母の腎臓内に巣くっていた
がんを見せられました。

「これが?」

って感じの白いつぶつぶしたのが
にっくき「がん」というヤツでした。

こいつのために私の母は何カ月も辛い思いをさせられたんだ!!!
焼いて食べてやりたいと思いました。
(>こわすぎ?!)


手術は無事成功ということでしたが
その日の夜はかなり痛がっていました。

それでも次の日には
”内臓の癒着がないように”と、傷口の消毒を済ませ
点滴をしたまま歩かされたのには驚きました
本人も「うっそ〜!」って顔してました。



痛みの方も日々少しずつ緩和し
痛み止めを飲む回数も減り
手術後10日で無事退院

親戚一同で盛大な回復祝いが行われました

しばらく無理は出来ないと思いますが
とりあえずひと安心

私も病院に3泊ほどさせてもらい、すっかり「ハワイから来た色の黒い子」
として知られるようになりました。
母と同じ病気の方々にもたくさんお会いしました。
皆さん大変な病気を抱えているのに
お菓子を分け合ったり、手術の傷を見せ合ったりして
とても明るくてびっくりしました。

半数以上の人は母と同じように退院していきました。
後は一緒に戦った方々みなさんが完治することを
祈るしかありません。


今回の母の病気を通じて母も私も家族もいろんな経験をし
いろんなことを学びました。
とにかく目でみてはっきりと分かる血尿が出たら
大きな病院に行ってとことん検査すべき!これが大事です!!!

他の患者さんで最初はずっと婦人科にかかっていて
発見がかなり遅れてしまったという話しも聞きました

皆さんにご心配をかけるのはイヤだったのですが
是非そのことを知ってもらいたいので
退院を機に今回のことをブログに書くことにしました。
(>母もぜひそうして、って言っているので)

母の経験が今後少しでも
どなたかのお役に立てればいいな、と思います。

母の病気 #1



なんか・・・

いろいろあって

あっという間に数週間たってしまいました。

実は母の看護のため
しばらく日本に行っていました。



事の起こりは今年4月、
私がハワイから実家(群馬県)に帰ったその日の夜
急に母が体調不良を訴えたことから始まりました

特に痛みがあるとか、熱があるとかではないのですが
真っ赤な血尿が出たということでした。

心配なのですぐに家の近くの個人病院で検査を受けました。

結果は異常なし。

「血尿が出ることは普通に起こりうることだし
きっと腎臓結核か何かでしょう」
と薬も出ませんでした。

それでも心配になった母は市民病院に行きました。

ここでも特に異常は見つからず
「しばらく様子をみてみましょう」
ということでひと月先の予約を取って帰ってきました。

ハワイに戻ってきた後もちょくちょく母とは電話で話し、
血尿が続いていることを聞いていましたが
離れて暮らしているので私には何もしてあげることは出来ず

「何も異常がないなんてことはあり得ないはずだから
とにかくいろんな先生を訪ね歩くことを趣味だと思って
原因を見つけよう。」


と言い続けるだけでした。

母もさすがにひと月もの間、ただ何もせず
じっと待っているなんてことは出来ず・・・悩んだ末
今度は家から1時間以上かけて大学病院へ行きました。

一旦家の近くの市民病院に行き、ひと月先の予約も取っているので
他の病院に行くのはとても勇気が必要だったようです。

母は思いきって大学病院の先生に今までの過程を話し
他の病院の検査結果に納得していないことをぶちまけました

大学病院の先生は母の気持ちを理解してくれて
「よくここまで来ましたね。出来る限りの検査をしましょう。」
と言ってくれたそうです。

そしてついに検査入院・・・。

局部麻酔をかけての大がかりな検査となりました。

結果が出たのは7月の初め、
万が一に備え、すでに7月末に手術の予約も入れていました。
ここまで来るのに血尿が出てから既に3か月が経っていました。

検査の結果は腎盂がん

あまり聞いたことのない病名でした。