モーハワイ☆コム

アーカイブ: 2011年6月

チャイナタウンの朝の風景



観光ガイドには、絶対に紹介されないチャイナタウンのいつもの朝の光景。

アメリカのどの大都市に行っても見受けられるホームレスの姿。ニューヨークにもロサンジェルスにもいるホームレス。ハワイにも、もちろんホームレスがいます。でもハワイのホームレスは、どんな冬になっても少なくとも凍え死にすることはありません。ある都市ではホームレスを一掃するため、アメリカ国内どこへでも行ける片道航空券を渡しているといいます。そんなホームレスが楽園ハワイにやってくるのかもしれません。

先月からニール・アバクロンビー知事がスタートした「90日間でホームレスを減らす」プロジェクトの効果はどうなのでしょう。ホームレスを救済している教会や団体がチャイナタウンで定期的にホームレスに、食事や衣類を提供しています。旧ダウンタウン&チャイナタウンでは、ホームレスをよく目にします。

チャイナタウンのゲートウェイ・パーク(孫文記念公園)でも、週末になるとどこからとなくホームレスが、炊き出しの食事を求めて集まってきます。チャイナタウンには、そんな場所が何ヶ所もあります。ホームレスにとってこのあたりは住みやすい場所なのでしょう。

州の計画では、ハワイの路上、ビーチ、公園からホームレスを一掃し、手頃な住宅の建設などの長期プロジェクトも展開していく予定だそうです。状況は私が見る限り、全く変わってはいません。90日間でホームレスを一掃できることは誰も信じていないでしょう。

チャイナタウンでは、足元に寝転がる人がいても決して驚かなくなりました。時に自分の排泄物にまみれて道路に横たわっている女性がいたりします。チャイナタウンの朝の風景は、ガイドブックに載っていないハワイの現実でもあります。

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ダウンタウンの幸せな時間



ダウンタウンの行きつけのお店でありながら、あまりに近く今まで紹介しませんでした。写真のストックはたくさんあるのに・・・

お店の名前は、フランス風ワインバー「Brasserie Du Vin ( ワインのレストラン)」。 ハワイ(アメリカ)ではワインのフランス語発音Vin(ヴァン)とフランス読みしないでドゥ・ヴィンと英語発音します。一般的にローカルの人(店員も)は、お店の名前はフルネームで言わないで、英語読みの「ドゥ・ヴィン」と呼んでいます。

ハワイシアターが2005年に改装を終えてから、この近辺はオシャレなお店ができました。このドゥ・ヴィンもその一つ。週末のイベントのある日にはテーブルがいっぱいになるどころか、立ちながら呑んでいる人もいるくらいにぎわっています。ホテル・ストリートの怪しげな一角を所有している不動産企業が人気のクラブ「バー35」で当てて、そしてレストラン経営にも乗り出したのがこのワインバーです。同じ通りにある喫茶バー「バンブー2」も同じ経営です。

以前は週一回は通っていましたが、最近は月一くらいでしょうか。ハワイに引っ越してくる前に住んでいたカリフォルニアの街サンタ・バーバラによくあったパティオの中庭がある、ヨーロッパ風の雰囲気のいいカジュアル・レストランです。初めてここに来た時、なぜか違和感がなくホッとしたのを覚えています。

ここに来るのは、ほとんどがハピーアワーが始まる4時過ぎ。人込みもなく、ゆっくり食事ができます。6時前のハピーアワーでは、一部のディナーが半額になります。いつもオーダーするものは決まっています。スープ(3ドル)と魚料理(9ドル)。ともに日によって、さまざまな種類のスープや違う種類の魚料理が食べれらます。いつ行ってもスープと魚料理はハズレがありません。これにパンが付いてくるので、十分の量。シェアしてもう一品頼んでも、一人20ドルあればお腹いっぱいになれるダウンタウンの幸せな時間です。

名前の通りワインにこだわりがあってたくさんの種類のワインがあり、ワイン好きにはいいお店でしょう。 Voulez-vous encore du vin?

Brasserie Du Vin( the restaurant of the wine )
1115 Bethel Street
Honolulu
(808)545-1115

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Grilled fish du jour served with olive butter and Manchego cheese on a white bean salad (カジキ)




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ハワイ秘密のクロゼット



以前に紹介したカパフルの友人のお店「The Clothes Chick 」のキング・ストリート店が変わりました。女性用の服飾用品のセカンド(中古品)のお店です。

この1月にテキサス州オースティン出身のタラ・フィリップスさんにお店を転売されて、お店の名前も「タラのシークレット・クロゼット」に変わりました。やはり、まだカパフルのお店に似ています。これからタラさんの趣味にお店が変わっていくのでしょう。

女性の衣類、バッグ&アクセサリーを買取販売しています。中には委託販売品もあるようです。ブランド品ならば買い取りもしてくれます。新品でなく中古品のお店ですが、中には一度も袖を通していないようなものから、ビンテージ物まで、店内狭しと色とりどりのファッション商品がいっぱいです。

ダウンタウンにも同じようなお店「キャサリンズ・クロゼット」があります。「キャサリンズ・クロゼット」は日本のテレビにも紹介され、今ではその商品が日本でも販売されているそうです。

商売はロケーションが大切で、生き延びていけるかが左右されます。タラさんの秘密のクロゼットは、ワイキキの観光客が訪れるようなお店ではありませんが、マッカリーの場所にもかかわらず、それなりの固定客に支えられて営業しています。価格は5ドルからとお手頃で、運がよければ、お気に入りの掘り出し物が見つかるかもしれません。

Tara's Secret Closet
2013 S. king St.
942-2442
Mon – Sat 10:00am – 6:00pm

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チャイナタウンでお粥を(2)



チャイナタウンで野菜やフルーツの買い物をして一休み。私の楽しみはお粥を食べること。ホテル・ストリートのマウナキア・マーケット入り口にあるレストランでお粥を食べました。

ここはきっとチャイナタウン一安い飲茶が食べられるレストランです。安いと言ってもチャイナタウンの飲茶はどこも安いので、安さはあまり気にならないかもしれません。2009年にチャイナタウンにオープンした時、話題になったレストランです。最近また新聞などでよく取り上げられています。去年まで、一皿1ドル88セントだった飲茶も2ドル8セントに値上げされていますが、よくお客さんが入っています。

目的は飲茶ではなく、お粥です。51番の美味海鮮粥(4ドル35セント)をいただいてきました。この粥も去年までは3ドル98セントだったのが値上げされています。でも、6ドル、7ドルがチャイナタウンの普通のお粥の値段ですから、まだまだ安く手頃にいただけます。

土鍋に入ってきたお粥は冷めにくく美味しくいただけます。白身の魚、エビ、ホタテが入っていますが、さすがに具の量は他店の7ドルのお粥と比べたら見劣りします。かわいい大きさのエビが2〜3匹です。コストパフォーマンスを考えたら、一人で朝のお粥ではこれで十分です。ここのお粥の米はよく煮込まれています。

店内は、あまり広くありません。飲茶のワゴンが店内を回るほど広くないので、レジの後ろに飲茶の竹の蒸籠が積まれています。私が9時に店内に入ると、わずかに数名がテーブルについていました。私のように朝の買い物を終えた人のようで、買い物袋が足元に見えます。向かいのおじさんも一人でお粥を食べています。

冷蔵庫のようにクーラーがよく効いた店内ですが、熱いお粥を食べ始めると体が温かくなって効きすぎたクーラーが心地よくなりました。のんびり時間をかけてお粥を口に運んでいると、店内に次々お客さんが入ってきました。ローカルの人、明らかな観光客の人らで店内はいっぱいになりました。中には日本からの観光客の親子3人もみえました。値段がお得なので、たくさんの料理を頼んでいました。

カントン・ハウスは、中国本土の広東で飲茶のレストランを20年以上経営していた李さん夫婦が2009年にチャイナタウンにオープンしたものです。李さん夫婦は、毎日5時に仕込みをして、7時の開店に備えます。その娘さんのペギーさんが看板娘でお店を切り盛りしています。私の大好きな餅を揚げてゴマをまぶしたデザート(中はココナッツとピーナッツ)を一つサービスしてくれました。

サンフランシスコで開催されるアメリカトップ100の中華レストランと云う賞があります。このカントン・ハウスは、なんと2010年に全米7位に選ばれています。飛びぬけて美味しいと云うわけではありませんが、ほどほどに美味しく懐にやさしいレストランであることは確かです。

Canton House Restaurant
162 N, Hotel St.
7:00am – 4:00pm Open Daily

チャイナタウンでお粥を(1)

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お店の看板娘ペギーさん

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スピルバーグ製作B級映画?



私が初めて片道の航空券でアメリカ大陸の地を踏んだのが1979年8月でした。9月から始まる新学期に合わせて、大学の学生寮がオープンする少し前にシカゴに着きました。その9月12日、シカゴのあるイリノイ州の隣の隣の州、オハイオ州である貨物列車の脱線事故が起きました。

その貨物列車事故には、数々の不可解なことが報道されました。事故処理にかかる費用が当時の相場で5万ドルだったのに対し、法外な200万〜1000万ドルもの費用がかかっていると当時の新聞では報じています。

この貨物列車事故をヒントに映画「スーパー8」が製作されました。映画「スター・トレック」、テレビドラマ「ロスト」のJJエイブラムスが監督、スピルバーグがプロデュースのこの夏の期待の作品でした。スピルバーグ作品ではないので、やはり期待はずれの作品でした。世間一般にはスピルバーグ作品と誤解されているようです。

この「スーパー8」はスピルバーグ作品ではなく、ストーリーを書き、監督をしたJJエイブラムス作品になります。「未知との遭遇(1977年)」と「ET(1982年)」に続くスピルバーグ作品と日本では誤解されている人もいるようですが、「未知との遭遇」と「ET」は共にスピルバーグが監督した作品ですが、「スーパー8」はスピルバーグの会社アンブリンが製作していて、スピルバーグはただのプロデューサーの一人に名前を連ねているにすぎません。スピルバーグは、本人の知名度で名義貸しの製作作品が多いので有名です。ビジネスとして、スピルバーグの名前を大きく出せば売り上げが伸びるシステムがあるようです。

渡辺謙が出演したハリウッド映画「サユリ」も「硫黄島からの手紙」もスピルバーグがプロデュースの一人に名前がありますが、スピルバーグ作品とは言いません。「硫黄島からの手紙」はクリンスト・イーストウッド監督の作品となります。

この作品はスピルバーグ作品として観ることはできません。スピルバーグの「未知との遭遇」や「ET」とは比べることはできません。スピルバーグ作品と誤解して観ると、その大きな違いに落胆するでしょう。スティーヴン・スピルバーグと言うより、ホラーのキング、スティーヴン・キングの作品を観ているようです。もちろん、JJエイブラムス監督はスピルバーグを強く意識して作品を創り上げたのでしょうが、残念ながらスピルバーグに遠く及ばないことは仕方ないことでしょう。

主人公の母親が製鉄所で事故死するところから映画は始まります。映画タイトルの「スーパー8」は、ストーリーが進むにつれて、少年たちが使用するコダック社のスーパー8mmフイルムからきていることがわかります。何度もコダック社の黄色の「スーパー8」のフイルム箱を見せられます。

私個人としては、自分の知っている1979年のアメリカがどのように描かれているのかが興味があってカハラモールの映画館に足を運びました。封切2週間目の金曜午後5:30上映の「スーパー8」の客入りは、私を含めわずか5名のクーラーのよく効いた寒〜い映画でした。

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満開のハワイ鳳凰木(ほうおう木)



歩いて図書館に本を返却しに行ってきました。自宅からの散歩コースにあるイオラニ宮殿の隣にある州立図書館。

この図書館前に植わった鳳凰木(ほうおうぼく)、別名ロイヤル・ポインシアナが満開です。ハワイでよく目にする熱帯性落葉木です。シダにも似た葉のグリーンと、オレンジがかった赤の花の色が美しく鮮やかに映えています。

帰り路は、イオラニ宮殿の敷地を横切ります。イオラニ宮殿前では、今さっきロイヤルハワイアンバンドの演奏が終わったところです。先日紹介した「リロアの岩」の前を通って、イオラニ宮殿裏からキャピタルの敷地に入ると、また赤い花が見えてきました。ここにも鳳凰木(ロイヤル・ポインシアナ)が植わっています。

イオラニ宮殿裏のグリーン上では、仮設会場が立てられています。照明と音響機械も用意され、何かイベントがありそうです。イオラニ宮殿の敷地では、週末よくこんなテントが建ってプライベートパーティなどがあったりするものです。何でしょう?

のどかなアロハフライデーの午後、ゆっくり本の返却を兼ねて贅沢な散歩をさせてもらいました。

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1982

サーフィンするイエスキリスト



世界広しと言えど、イエス・キリストがサーフィンしているように見えるステンドグラスがあるのはきっとこの教会だけでしょう。グレイト・ウエスト・ウィンドウ(The Great West Window )と呼ばれる、それは立派なステンドグラスがダウンタウンの教会にあります。

ハワイ一大きなステンドグラスのあるセント・アンドリュース教会大聖堂は一見の価値のあるものです。ステンドグラスは高さ15m、幅が6mもあり、その色の鮮やかさに感動します。教会は、中世(1453年以前)のイギリスの教会に見られるフランス・ゴシック様式で、カメハメハ4世とエマ女王によって1867年に建てられました。

ステンドグラスのある教会の入り口部分は、シロアリの被害がひどく1957年に新しくされたものです。ステンドグラスは、1958年カリフォルニアのパサディナに住むジョン・ウォリス氏によってデザインされました。ステンドグラスの絵柄は、イエス・キリストの生誕から最後の晩餐、十字架の張付けに至る聖書からの有名な30以上に及ぶ場面が描かれています。

たくさんのイエス・キリストの中に、まるでサーフボードに乗っているように見えるイエス・キリストがいます。デザインしたジョン・ウォリス氏は、尋ねられると明確にサーフィンしているイエスとは答えませんが、ハワイと言う土地がらを意識して、そのようにも見られる天から降りてくるイエスをデザインしたようです。一般にサーフィンしているイエス・キリストと知られていますが、デザイナーのように真実は謎のままにしておいた方がいいようです。

またステンドグラスの中に、創立者のカメハメハ4世とエマ女王を見つけることもできます。セント・アンドリュース大聖堂のステンドグラスは入り口だけでなく、聖堂の四方にあってまだまだ興味あるステンドグラスがあります。また機会を見つけて紹介したいと思います。

2日前のアクセス・カウンターが狂ったようなアクセス数(7554)を示しています。FC2のカウンターは通常通りで、ブログ・ランキングも停滞したままなので、ブログサイトが狂っているようにしか思えません。2日前に紹介した「リロアの岩」の呪いでしょうか?

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1993

アメリカ18歳の孤独な逃亡者



スティーヴン・スピルバーグの映画で「Catch Me If You Can」と云う映画がありました。1960年代に、パイロットや医師、弁護士に偽装して、世界各地で小切手偽造事件を起こし「天才詐欺師」と呼ばれたフランク・アバネイルの生活を描いた映画です。フランクは、21歳で逮捕されるまで5年に渡って、不渡小切手を乱発する犯行を重ねました。2002年、レオナルド・ディカプリオがフランクを演じて当時話題になりました。

アメリカはその手の天才を生み出す素地をもつ大国のようです。その「天才詐欺師」フランクに負けない、映画のような世界を生きていた少年がいました。彼の名前は、コルトン・ハリス・ムーア。昨年の7月に逮捕され話題になった少年ですが、先週金曜に法廷で罪を認めました。10月には5年〜6年の刑が確定するでしょう。週末、彼のニュースが新聞とテレビの特番で取り上げられていました。

昨年アメリカの世間を「あっ!」と言わせた伝説の18歳の「裸足の逃亡者」はすでに20歳になっています。ワシントン州シアトル郊外の麻薬とアル中の両親の恵まれない家庭で幼児時代を過ごし、自宅で生活するのが嫌になり屋外で生活するようになります。他人の空別荘に忍び込んで、毛布、食料などを盗んだ容疑で初めて保護されたのが12歳の時。2003年12月から2007年2月の間に9回逮捕されました。2008年4月、コルトンは17歳になるとすぐに収容所を逃れ、彼の2年以上の逃亡生活が始まります。

2010年7月にバハマで逮捕されるまで、コルトンにかかる容疑は100にも及ぶ重罪窃盗容疑です。彼は生き延びるために窃盗を重ねました。ある時は、留守宅に忍び込み、シャワーを浴び冷蔵庫のアイスクリームを盗みました。ある時は、逃げるためにセスナ機を盗み、燃料が切れて湿地に不時着させセスナ機を破損させます。わかっているだけでも、ワシントン州、アイダホ州やカナダなどで、5機の小型航空機、高級車、高級ボートなど少年の犯罪とは思えません。

小型航空機の操縦は、インターネットで操縦マニュアルを購入して、フライト・シュミレイター・ゲームで学んだと言われています。インディアナ州の空港で盗んだセスナ機では、はるかかなたフロリダ州沖のバハマ諸島まで飛行しています。この時点で彼に掛けれられた懸賞金はわずか1万ドル(約81万円)でした。窃盗現場のいくつかには裸足の足跡があり、監視カメラには裸足で逃走する姿が映っていて、彼は「裸足のならず者(The Barefoot Bandit ) と呼ばれるようになります。

逃亡中のコルトンの人間性を垣間見る逸話がいくつもあります。シアトル郊外の動物保護シェルターに手書きのメモに100ドルが添付されていました。「近くまで来たので、この現金を動物のために使って下さい。コルトン・ハリス・ムーア」



逮捕されるバハマ諸島でも裸足のコルトンが街のバーなどで目撃されていました。すでに銃の所持が確認されていたので、人に危害を加える危険が出てきました。アメリカの捜査官、FBIも必死にバハマ諸島当局の警察の助けを得てコルトンを追い詰めます。最後には44フィート(13m)の高級パワーボートを盗んで逃走します。キューバに亡命するのが目的です。ついに警察が追い詰め、コルトンのボートのエンジンめがけて何発も銃を発砲します。映画「007」のジェームズ・ボンド顔負けの逃走です。最後は、追い詰められたコルトンは銃を取り出し、銃口を自分のこめかみに当てます。警察の懸命の説得によって、裸足のコルトンは2年3ヶ月の逃亡生活を終えます。

フェイスブックのコルトン・ハリスのファンクラブには、2万3千以上の人が登録しています。フェイスブックの顔写真は、盗んだ高級乗用車ベンツを急いで乗り逃げる際に車内に忘れられた盗品のカメラにあったものです。人が誰もいない森林の中で寝転び、カメラを自分に向け撮られたものです。穏やかなとてもいい顔をしています。

コルトンの地元シアトルでは、コルトンの顔がプリントされたTシャツが売られ、彼の歌までできている人気者です。まるで映画のようなコルトンの逃亡ストーリですが、当然映画会社が目を付けないはずがありません。昨年20世紀フォックス映画会社が製作権を獲得しています。ハリウッド映画を通して世界にコルトン・ハリス・ムーアの逃亡生活が知られることとなるでしょう。

でも、なぜFBIや捜査官が18歳の少年を捕らえるのに2年以上もの長い年月がかかったのでしょうか?コルトンが大きな罪を犯すのを未然に防ぐことできたはずです。何人もの捜査官は一体何をしていたのでしょう。彼が犯した罪を弁護するつもりはありませんが、彼が追い詰められたのは一つに大人社会の責任でもあるはずです。

17歳から19歳の貴重な少年の時間は取り戻すことができません。コルトンの弁護士によると、刑期を終えたら、大学に進んでエンジニアの分野を学びたい言っているそうです。もう逃げる必要もありません。一日も早く社会復帰して、すばらしい才能を伸ばしてほしいものです。

コルトン・ハリスのフェイスブック・ファンクラブ

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サンドイッチと神聖なリロアの岩



今のハワイを語る時、サンドイッチ抜きにはできません。ハワイがかつて「サンドイッチ諸島」と呼ばれていたことがありました。

欧米の人にハワイの存在が知られるのは、イギリスの太平洋探検家でありイギリス海軍の大佐でもあったジェームス・クック船長による1778年の「新発見」以降です。キャプテン・クックの探検を援助したパトロン(出資者)が、当時の海軍卿であり英国貴族ジョン・モンタギュ・サンドイッチ伯でした。そのパトロン名にちなんで命名されたのが「サンドイッチ諸島」(ハワイ)でした。

サンドイッチ伯は、たいへんなギャンブル狂で、カードゲームに夢中になるとゆっくり食事ができなくなりました。そこで思いついたのが、ローストビーフをパンに挟んで食べる食事、サンドイッチの誕生です。今では、世界のどこの国でも食べられるサンドイッチになりました。

サンドイッチ伯の援助でハワイを発見したジェーム・クックは、ハワイ島で先住民との争いで命を落としてしまいます。イオラニ宮殿の向かい建つ立派なカメハメハ大王を遠くからそっと見守るように、そのキャプテン・クックのレリーフを埋め込んだ碑がイオラニ宮殿にあります。

そのクックの碑の前に細長い平板状の岩が横たわっています。何の説明もありません。この岩は「神聖なリロアの岩( Sacred Slab of Liloa )」と呼ばれるもので、神聖なマナ(霊力)が宿る岩なのだそうです。

カメハメハ大王やカラカウア王らの祖先とされる15世紀のハワイ島の12代アリイ(大族長)であるリロアの住居前にあった岩で、1495年リロアの死後、その霊力(マナ)が乗り移ったと言われています。当時は、この岩には触れるだけで死罪になったと言われる畏れ多い神聖な岩なのだそうです。19世紀にカラカウア王によってオアフ島の王の住居に運ばれてきました。その後、1929年イオラニ宮殿に寄贈されています。

以前、何も知らなかった私は触れるどころか、この岩を踏みつけて、その上に立ったこともあります。カメハメハ大王が生きていた時代なら、きっとあの槍で突かれていたに違いありません。無知の私の身には何も起こりませんでしたが、日本同様古いハワイは自然崇拝が信仰になっていますので、むやみやたらハワイの古い岩や木には触れないほうがいいのかもしれません。

邪気、悪霊を払うとされる神聖なティーリーフも植わっているキャプテン・クックの碑とハワイの大王らの祖先の霊が乗り移った「リロアの岩」。イオラニ宮殿の右手のアーカイブ(古文書館)の前にひっそり置いてあります。イオラニ宮殿を見学する人はいますが、このサンドイッチ伯が援助したキャプテン・クックの碑と「リロアの岩」を訪れる人はほとんどいません。

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ハワイのフルーツの美味しい季節



6月に入り、チャイナタウンの八百屋に並ぶフルーツが美味しい季節になっています。

ハワイ産のパイナップルとスイカの甘さが一段と増しています。以前はカットフルーツをファーマーズマーケットで購入していたのが、自分でカットするようになって、パイナップルがこんなにも甘いものだと知りませんでした。スーパーで販売されているマウイ産のエキストラ・スウィートのパイナップルは、3ドル以上もするのに全然甘くなく、がっかりしました。チャイナタウンの熟れたパイナップルの甘さに勝るものはありません。

今朝は、ドールのパイナップル、オアフ産のスイカ、トマト4個、キュウリ1本、葉レタスで計4ドル62セント。1ドルのパイナップルと1ドル50セントのスイカは、今一番旬なハワイ産の美味しいフルーツなので、毎日いただいています。地元エバ産のトウモロコシは5本1ドル、いつも買えるわけでないのですが、これも少し前の旬なものです。

ハワイ産のマンゴーも、もうすぐ食べごろになります。先週あたりから、店頭には日本の秋に見られる「なし」が並んでいます。1年を通して美味しいフルーツを食べられるハワイですが、やはり夏のこれからは一層美味しいフルーツがいただける季節になります。

コンテナ船の運賃の度重なる値上げにもかかわらず、ホノルルのチャイナタウンはお値打ちに野菜やフルーツを購入できるマーケットになっています。そんな野菜やフルーツを求める人でにぎわうチャイナタウンに明日も足を運ぼうと思っています。

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