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カテゴリー:パールハーバー

12月7日の静かな朝



ハワイで長く生活しながらも実現できなかったことを今日体験してきました。いつか参加したいと思っていた「あの攻撃の、その時間に、その場所で日本とアメリカの犠牲者の冥福を祈る」ことが実現しました。

まだ陽が昇らない薄暗い6時45分前にダウンタウンを出ました。朝焼けの7時過ぎにパールハーバーに着くと、会場に近い駐車場はすでに満車です。早朝にもかかわらず、セレモニー関係者の人で会場は埋まっていきました。式典には、あの攻撃の生存者も何人か参加されています。

7時45分から9時半まで行われた追悼式典は、2時間近い時間を感じさせない厳粛な追悼式典でした。71年前の朝もきっと、今日のような朝焼けのきれいな朝だったことでしょう。今朝のハワイ上空と同じように雲の多い日で、雲の切れ目からエメラルド色の海とハワイが見えて緊張する20代のゼロ戦パイロットの気持ちはどんなものだったのでしょう?日曜の静かな朝をパールハーバーで停泊する軍艦の中で迎えた、まだ10代のあどけなさが残る海兵隊は攻撃を受けてどう思ったのでしょう?

パールハーバーの攻撃時間に合わせて、会場の参加者全員で黙祷を捧げました。黙祷を終えると、攻撃の中心地だったアリゾナ記念館上空に空軍のF22戦闘機が4機やってきました。厳粛な式典の一部です。F22戦闘機4機は「Missing Man Flyover(慰霊飛行)」で低飛行します。3機に見送られ1機が編隊から離れて急上昇する姿を見上げると涙がこぼれました。寂しく上昇する戦闘機が見えなくなるまで空を見上げていました。戦争で多くの命が奪われたことを想い胸が熱くなりました。

71年前に起こった攻撃が嘘のように、私の目の前には静かな海が横たわります。爽やかな澄んだ空気の朝のパールハーバーは、鳥たちのさえずりが聞こえるだけです。人類が誕生して以来、戦いのない時代はありません。今も戦争は存在し、また将来も決してなくならないでしょう。平和な今の私たちの世界に感謝の気持ちを決して忘れてはいけません。

戦争に「いい戦争」も「悪い戦争」もないように、戦争には勝者も敗者もありません。戦争は愚かなことだと教えてくれるのが過去の出来事です。戦争は愚かなことだと思う人が1人でもこの世界に増えることを祈ります。

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ゴルフ場でランチ(ネイビー・マリーン・ゴルフコース)



ゴルフ場のグリーンを見ながらのランチも悪くありません。ワイキキからホノルル国際空港を過ぎフリーウェイのH1の山側に緑の映えるゴルフコース(Navy Marine Golf Course )が見えてきます。

ゴルフ場はミリタリー(米軍)関係の人たちが利用するコースですが、ゴルフ場には厳重なゲートも、ゲートでの厳重チェック(身分証明書表示や車のチェック)もないので、一般人もクラブハウスにある2階のレストラン「セブン・パームス(Seven Palms)」が自由に利用できます。

サンドイッチ・モンテカルロ(11.25ドル)をいただきました。フレンチトーストのブレッドにハムとチーズを挟んだものです。フレンチフライの代わりにサラダ(2ドル追加)にしてもらいました。小皿のリリコイのジャムがアクセントになって美味しくいただきました。

近くにはディスカウントストアのターゲットがあり、ターゲットで買い物のついでにランチをいただくことができます。2階のテラス席には爽やかな風が通り、目に優しいグリーンを見ながらの食事がいただけます。ゴルフ場を利用する人だけでなく、食事を目的に訪れるローカルも少なくないようです。ゴルフ会員しか利用できないと思い込んでいる人が多いのか、ここはちょっとした隠れ家的なゆったりできるレストランでした。

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ハワイのクレソンが美味しい理由(わけ)



肉料理の添え物やサラダなどに使う野菜にクレソンがあります。名前の響きからフランス語だろうと推測できます。調べてみるとやはりフランス語でした。

明治の初め、オランダからやってきた辛味のあるクレソンは日本では「オランダがらし」と呼ばれていました。当時は外国人の料理用に栽培されたのが、全国に広まって一般的になったようです。「オランダがらし」と云う立派な和名があるのにもかかわらず、日本では農水省が統一名としてフランス語の「クレソン」と決定しました。

クレソンは英語では「ウォータークレス」と呼ばれていますが、このクレソンの畑をオアフ島のパールハーバーの近くで見ることができます。年に何度か足を運ぶシーフードレストラン「モントレー」を訪れるたびに、レストラン前に広がる見事なクレソン畑に興味を持ってきました。ハワイに観光で訪れる人でも、パールリッジセンターとカメハメハ・ハイウェイに挟まれた田園風景を見かけた人もいることでしょう。

少し前の日刊サン(無料邦字新聞)に、このクレソン畑「スミダ・ファーム」の農場主にインタビューする記事が掲載されていました。どんな人が、どんな経緯でこの農場を運営しているのか、とても興味あるインタビューでした。

東京ドーム(11エーカー)とほぼ同じくらいの広さ10エーカーの広さを持つ農場は、1928年広島からの移民スミダ夫妻によって始められました。当初2エーカーで始められた農場は、必ずしも順調に今日まで来たわけではありません。清流で育つクレソンは、すべて農場からの湧く水で育っています。ハワイのスーパーマーケットで見かけるクレソンの75%は、この清流の農場で育てられたものです。

現在63歳になる日系3世のデービッド・スミダさんが、丹精込めてハワイのクレソンを育てています。レストランや自宅ででいただく野菜にも、生産農家の顔が見えると安心できます。ハワイの新鮮なクレソンが美味しいのは、ハワイの美味しい湧き水があるからなんでしょう。

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アメリカを感じるディキシーグリル(Dixie Grill)



ワイキキにはないアメリカを強く感じさせる空間が、軍の施設のあるパールハーバー近くには何軒もあります。

そこはアメリカ本土そのもので、観光客らしき姿は一人も見られません。東洋人の顔をしている者は、この日は私一人だけでした。アメリカンな雰囲気で味わう南部アメリカ料理は、ハワイにいることを忘れてしまいます。

アメリカ南部を示す名前を付けたレストラン「ディキシーグリル」、以前はワード地区にも店舗がありましたが、今はパールハーバーの入り口アイエア店だけです。20年以上営業しているレストランです。外から見ると寂びれた様子のお店ですが、店内に入る人気のレストランで人で溢れています。

席に着くと、メニューと共に出されるバスケットに入ったポープコーンの突き出しサービスがあります。料理が運ばれてくるまで、ポップコーンを口にして待ちます。場所がら、パールハーバーで働く軍関係の人たちが制服姿で入店しています。

アメリカ南部のバーベーキュ料理とシーフード料理が売りのレストランです。お腹がさほど空いていなく、軽くハンバーガー(Shrooms$9.5)とエビフライ(Fried Shrimps$17)を2人でシェアしていただきました。

ハンバーガーにはマシュルーム、オニオン、ジャックチーズが挟んであります。サラダが付きます。どこにもない美味しいハンバーガーでした。6匹のジャンボエビのフライには、南部らしくコールスローが付いてきます。これにはオリジナルのカクテルソースが付きます。ぷりぷりのエビはまた食べたくなります。

料理前にテーブルイ運ばれてくるのが、6種類のお店オリジナルのBBQソースです。サバンナ、メンフィス、イースタンカロライナ、サウスウエスト、カンサスシティ、そしてハワイアンの6種類があります。ハンバーガーにそれぞれを少しづつ付けて食べてみました。アメリカのソース類にはあまり期待しませんでしたが、ここのソースはどれも美味しい味がします。

また行ってみたくなるお店で、きっと近いうちにまた行くことになるでしょう。ワイキキにないアメリカを体験するならば、このレストランはお勧めです。女性の方は、是非トイレをチェックしてください。トイレも日本にないアメリカンなものです。

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ハワイのカリフォルニア(モントレー)



パールリッジSCにあるシーフード・レストランの「Monterey(モントレー)」。名前の通り、カリフォルニア州にあるモントレーが名前の由来です。サンフランシスコの南にある、ジョン・スタインベックの名作「エデンの東」の舞台となった場所です。ジェームス・ディーンの映画にもなりました。カリフォルニアに住んでいた頃、何度も訪れたことのある思い出の地です。

レストラン「モントレー」は、カリフォルニアに2店舗、そしてハワイに1店舗をもつレストランです。名前に魅かれて、ずいぶん以前に一度訪れたことがあります。ごく普通のアメリカのどこにでもありそうな大衆レストランで、長く再び訪れることもありませんでした。久しぶりに行ってみました。

レストランの入り口までの長い回廊が特徴のレストランです。この回廊は、CBSテレビドラマ「ハワイ・ファイブ・オー」でも登場しています。やはり特徴ある建物は、撮影ロケに使かいやすのでしょう。食事は、可もなく不可もないシーフードが食べられるレストランです。私は、野菜とエビが程よく食べられるシュリンプ・ステアフライ(13.95ドル)をいただきました。それなりに美味しくいただきました。

場所柄、観光客よりもローカル、ミリタリー関係のお客さんが多いレストランです。遅いランチでした。ブロンドの髪をポニーテールにした迷彩服のメグライアン似のお母さんが、5歳くらいの女の子と隣席にすわりました。ブロンドの髪の美しさがどこか非現実的で、一瞬コスプレのお姉さんかと思ってしまいました。ハワイでは、仕事場に制服を着ていく人を見かけるはよくあることです。でも、愛嬌のある子供の表情とは対照的に、クールに迷彩服でビールを飲むお母さんは少し異様に見えました。

きっと仕事を終えて、デイケアで娘をピックアップした帰りでしょう。よく考えるまでもなく、迷彩服姿でビールはよくありません。車を運転してきているはずです。たった一瓶とはいえ、飲酒運転には違いありません。日本では見られない日常の光景でした。

このレストランを訪れると、カリフォルニアのモントレーの光景が甦ってきました。映画「エデンの東」のオープニングでテーマ曲と共に映し出されるのが、モントレーの海岸です。モントレーは、このレストラン名のように魚の缶詰(Bay Canners)が有名でした。このハワイのモントレーからは海が見えませんが、モントレーの海の見えるレストランを思い出した一日でした。

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ハワイ太平洋航空博物館



かねてから機会があれば行ってみたい思っていましたが機会を逃していました。3年前にパールハーバーに出来た太平洋航空博物館に行ってきました。

戦艦ミズーリが係留されているパールハーバーのフォード島にあり、かつて滑走路があった脇にある格納庫(ハンガー37)を博物館に改造してあります。格納庫前には、日本の真珠湾攻撃時のなごりを残す今にも倒壊しそうな塔があり、長い時間の経過と歴史を感じさせます。この場から遠く離れていないところに一番最初の爆弾が落とされ太平洋戦争が始まります。

古い管制塔の隣にそびえ立つ赤白の塗装がされてる高い塔は、潜水艦からの脱出訓練用の縦長の水槽です。注水されたこのタワーを下から上の水面まで上る訓練に利用されたそうです。

博物館内には、1941年の真珠湾攻撃時の軍用機が展示されています。戦争歴史博物館であり、本来感激する場所ではありませんが、子供の頃プラモデルで作った戦闘機の実物を見てうれしくなりました。どれも田宮模型、長谷川模型で作ったことがあるモデルの原型がここにあります。

零式艦上戦闘機21型(三菱A6M2)、グラマンF4Fワイルドキャット、カーティスP−40ウォーホーク、ダグラスSBD−3ドーントレス、B−25Bミッチェルが模型のジオラマのように展示してあります。展示室に入ると最初の展示が、攻撃の先頭を切ったゼロ戦が空母の甲板にスポットライトを浴びて、今にも飛び立とうとしています。

このゼロ戦はマーシャル諸島のベラル島のジャングルで発見された2機のゼロ戦からパーツを集めて復元したもので、エンジンはオリジナルの中島製から米国製のプラット&ホイットニー製に置換されています。ほとんどのパーツをオリジナルを活用して、実際に飛行可能な状態まで整備されたゼロ戦で、各地のエアーショーでも活躍したものだそうです。

私が一番見たかったB−25Bミッチェル爆撃機は、長谷川模型の爆撃機シリーズで製作したことのある思い出の爆撃機です。細部までチェックしていると、模型を組み立てた頃が鮮明に思い出されました。本物の軍用機を見ている私の目は、きっと子供がオモチャを見ている目だったことでしょう。

戦争当時の最先端の技術、工業力、国力のすべてを投入して行った戦争を肯定することは、決してできることではありません。この航空博物館に展示されている機体の隅々にまで行き届いた技術の粋、機能を追及した美しさで殺略が行われたと思うと、戦争の愚かさを知らされます。戦争中の国家の命運を賭けた開発競争が、後の航空機技術、そして宇宙開発へと飛躍したことは、否定できない事実なのは皮肉なことです。

戦争歴史博物館に、ゲーム感覚でゼロ戦を撃ち落す戦闘シュミレーターがあるのはどのような意味があるのでしょう?



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アリゾナ・メモリアルツアーの休止



ハワイでも最も人気のあるパールハーバーのUSSアリゾナ・メモリアル・ツアーが先週の月曜日から10日間、休止となっています。

ここには、1941年の真珠湾攻撃に関する資料が展示されており、毎日4000人もの入場者がありますが、水曜日まで、新しいシアターを設置するために一時的に休館しています。2008年から始まった2カ年計画の改装計画一部で、今年12月7日の記念セレモニーまでには完了予定です。

久しぶりに、そう5年ぶりでしょうか?日本からの来客に付き合って何度も訪れている場所ですが、すっかり変わっていてびっくりしました。以前の建物はなく、全く違ってしまっていました。建物入り口にあった戦艦アリゾナの大きなイカリは、メモリアルを望む海近くに移動されていました。植えられたばかりの木々はまだ背が低いのですが、すぐに大きな木々になりボートを待つ人のために木陰を作ってくれるでしょう。メモリアル・ツアーが休止にもかかわらず、たくさんの観光客が訪れていました。

今回は、メモリアル・ツアーが休止中なので、きっと空いているだろうと考えて、3年前にオープンした付随する施設「太平洋航空博物館」に初めて行ってきました。



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