ハワイのコンドに引っ越して以来の顔見知りが何人もいます。ダウンタウンのコンドは出入りが激しいので、顔見知りもそんなにいるわけではありません。同じ建物の中で生活しても、ほとんどが知らない人ばかりです。

この1週間で増やした4ポンドをコンドにあるジムでワークアウトして、体重を減らさなければなりません。ジムでよく顔を合わせる人がいます。ロイは、私がハワイのこのコンドに引っ越してきて以来の知人です。67歳の日系ニ世のロイとは、コンドのジムでもよく出会いトレーニングの合間によく世間話をします。ロイは日本語が話せません。ダウンタウンのこのコンド近くで生まれ育った人です。

ロイは今は仕事を退き、毎日を健康維持のためコンドのジムで、毎日トレーニングをしています。世間話の中でよく出てくるのが、彼のルーツ・日本のことがあります。彼は、ニ世ながら今だ一度も日本の土を踏んだことがありません。ロイの夢は、元気なうちに一度祖父の故郷である福島県を訪れ、祖父のお墓参りをすることです。私が春に宮城、福島県に旅行したことなどを話すと、ロイの日本に対して興味がますます高まったようです。何か事情があったようで、日本にいるであろう親族の情報がまったくありません。ロイと少なからず血が繋がった人たちが日本にいることは確かです。

1902年日本生まれの彼の父親は、7歳の時、福島県から家族でハワイにやってきました。ロイの祖父母とその子供4人の6人でハワイにやってきました。ロイは祖父の名前さえ覚えていません。ロイのお父さんはオオタケ・タカヨシさんで、二人の兄がいて、一人の妹がいましたが、すべての方が既に亡くなっています。ロイのおじさんの一人は、あの442部隊退役軍でした。祖父の手がかりがほとんどありません。ロイの祖父はハワイに移住した後、しばらくして子供たちをハワイに残し、日本に帰国しています。何か事情があったのでしょう。

ロイの父親は日本で生まれているので、それなりの手がかりがあるはずです。1902年(明治35年)生まれ、苗字はオオタケ、名前はタカヨシ。7歳でハワイに福島県から家族で移住。アメリカの市民権は取っていません。これだけしかありません。

ネットで調べてみると、都道府県別のハワイ移住民のなかで、福島県は全国で7番目の多さです。東日本では一番多くなっています。背景には、凶作などによる農村の疲弊や戊辰戦争に敗れて海外に新天地を求めようとした開拓者精神など、さまざまな要因があったようです。

日本には世界にも稀なすばらしい戸籍制度があります。何か手がかりがあるはずです。何とかして、ロイ・オオタケさんのルーツを探してあげ、祖父のお墓参りを実現させたいと思います。福島県の明治35年生まれのオオタケ・タカヨシさんに心当たりのある方は、是非コンタクトをお願いしたいと思います。

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3月の福島県の磐梯山と猪苗代湖

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