今さら私が言うまでもありませんが、ハワイの夕べから今朝の津波に対する警戒はすごいものがありました。我が家も、もしもの時はヌアヌの高台にと準備していました。

メディアの報道に非常食を求める人がお店で行列を作るさまは、ハワイは以前の苦い経験があるからでしょう。1946年4月1日、アラスカ・アリューシャン列島沖を震源として、マグニチュード7.8の地震が発生しました。地震発生から約5時間後、津波はハワイ諸島を襲い、津波による犠牲者は159人にものぼりました。

そして、記憶に新しい1960年5月22日にはチリ沖を震源とするマグニチュード9.5の巨大地震が発生しました。津波は太平洋を横断し、地震発生から15時間後にハワイを襲い、ハワイ諸島で61名の死者を出しています。

ハワイの人の記憶には、1960年の津波によるハワイ島ヒロの破壊的ダメージがまだ鮮明に残っているのでしょう。私たちのような最近の移住者は、メディアの警報にあたふたするだけです。半年ほど前の巨大ストームがやって来る際も、非常食を求めて人が並んでいました。ストームは進路を変え、ほっとしたのを覚えています。

先週、うちのコンドが夕方1時間にわたって停電しました。ライフラインが弱い島国ハワイではよくあることです。一昨年のクリスマスの大停電にも、驚きはありませんでしたが、もしもの時に備える気持ちは忘れたくありません。我が家の玄関先には、数年前から非常時に持ち出せるバックパックが常備されています。おかげさまで、今回もこのバックパックのお世話にならないですみました。無事今日を過ごすことができるようです。ありがたいことです。



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