すっかり時間もたってしまって、今更書くことではなかったのかもしれません。
しかし「9.11」と呼ばれるあの事件のことは、皆さん鮮明に覚えていると思います。

一部では某国・某所の陰謀という噂もあり、その件について分析した書籍も出版されています。

事実はわかりません・・・・・

しかし、どのような裏があったとしても、あの時、ビルの中に残った人々を救おうと、自分の命を投げ打ってまで、果敢にビルに突入した人々もいた事は事実です。

そして、彼らの一部は帰らぬ人となりました・・・・

ビル崩壊後、その跡地に彼らの姿は無く、そして彼らの遺骸は溶け、跡形も残らなかった、
と言います。

今、その映画が上映されています。見に行くか少し悩んでいます。

あの時のドキュメンタリーも前に見ました。
自分たちのことを顧ず、ビルの中に残る人々を救おうとする彼らの決意や勇気に
感動した記憶があります。
彼らが救おうとしている人々は、一度も会ったことすらない人々なのかもしれません。
それでもなお、彼らは命をかけ、人々を救おうとしたのです。

そして、ある時僕はこの詩をとあるサイトで見つけました。

「最後だとわかっていたなら」

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたなら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様に その魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまた もう一度呼び寄せて抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

確かに いつも明日はやってくる
見過ごしたことも 取り戻せる
やりまちがったことも
やり直す機会が いつでも与えられている

「あなたを愛してる」 と言うことは
いつだってできるし
「何か手伝おうか?」と 声をかけることも
いつだって出来る

でも もしもそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるとしたら
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして私達は 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を 後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうしてしてあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを
しっかりと 抱きしめよう

そして
その人を愛していること

いつでも
いつまでも大切な存在だということを

そっと伝えよう

「ごめんね」 や 「許してね」 や 「ありがとう」 や 「気にしないで」 を

伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから


この詩を書いた人物は、ビルに救助に行ったレスキュー隊員だといいます。
彼は、この日ビルの中で消息を絶っています。
おそらく、人々の命と引き換えに、自分の命を落としたのでしょう・・・

誰が悪いのか、何が悪いのか
そんなことはどうだっていい事なのかも知れません。

あの日、あの時、命の危機にさらされた人々がいて、そして
その人々を救って、自分の命を落とした人がいる。

事実はそれだけなのかもしれません。

互いが互いを尊重し、判りあおうとし、そして互いを信頼する。
詩の中にあるように
「ごめんね」 や 「許してね」 や 「ありがとう」 や 「気にしないで」 を
ちゃんと相手に伝えられれば、それで気持ちは通じるはず。
互いが互いの親切を理解すれば、人と人とは分かり合え、助け合えるはず。

この詩を最後まで読んだ方に、すばらしい明日が来ますように。