ハワイ史12 ルナリロ王とダミアン神父

ハワイ史12 ルナリロ王とダミアン神父

この記事を書いているのは2009年12月です。ちょうどクリスマスです。ホノルルハレはイルミネーションで彩られています。今は亡きハワイ王国の象徴イオラニ宮殿は、なぜかちょうちんが並んでいます。その真向かいに『アリイイオラニ・ハレ』という建物があります。目の前に、カメハメハ大王の像がある建物です。  アリイ = 王族クラス・支配者階級層のこと  イオラニ = 神々しい鷹を意味するそうです  ハ レ  = 家 カメハメハ五世が、宮殿として造るのを指示したそうです。が、五世はこの完成を見る前に亡くなってしまいました。アリイイオラニ・ハレが完成するのは1874年です。

カメハメハ五世が亡くなる前にやったことで書いておくべきなのは、ハンセン氏病患者さんたちのことでしょう。白人たちがやってきたことで、ハワイアンが些細な病気で命を落としていったことは書きました。その病気の中に『ハンセン氏病』がありました。この病気が『らい菌』によるものであることが発見されたのは1873年でした。カメハメハ五世が亡くなった後のことです。『らい菌』を発見していたとしても、どう対応したらいいかということはどうせすぐには見つけられなかったと思いますが、そんなわけで、カメハメハ五世ができたことは、患者さんたちを隔離することだけでした。 モロカイ島、カラウパパに患者さんたちを隔離します。

この患者さんたちの魂の救済に立ち上がったのが、ダミアン神父です。ハワイ州庁舎の前にある銅像の人物です。どんな人物なのか、ということについて、昔、編集戦闘員新型アヤがレポートしてくれたことがあります。


黄色のサローンに導かれ/ダミアン神父
そこでも少し触れていますが、ダミアン神父は『神父』ですから『カソリック』なんですよね。キリスト教について復習しておきます。 ■二世の時代にプロテスタントがやってきて、王国はプロテスタントになります。で、カソリックは迫害されていましたが.... ■フランスが怒ったのでカソリック信仰の自由を許可しました。

ハワイ王国に話を戻します。カメハメハ五世が亡くなり、世襲する人材を失ったハワイ王国は、選挙で国王を選出することになりました。ここで登場するのがルナリロ王です。さてさて、わたくし『ハワイタイムマシーン』にもちろっと書かせていただいてますが、アメリカ人勢力のハワイのっとり作戦がすでに動き始めていたのでは、と思っております。 ■ルナリロ王はカメハメハの親戚(遠い親戚ですけど)なので、世襲できないこともなかったし、カメハメハを名乗ってもよかった(よくないかな?)はず。 だからです。ルナリロ王は選挙で選ばれ、カメハメハを名乗らず、王位につきました。カメハメハ四世と五世はアメリカ人を嫌っていました。が、ルナリロ王になったとたんに、ハワイ王国政府はアメリカ人だらけになります。ううむ、ううむ、ううむ。

ルナリロ王は、1873年の1月に王になり、1874年の2月に亡くなっています。その間に進められた話として、 ■アメリカ軍の真珠湾使用 ■ハワイ産砂糖をアメリカへ輸出する際の無関税化 があります。どちらも、実際に動き始めたのは後の話ですが、ルナリロ王の時に決められた(話を進めよう!ということになった)ことに注目してください。

行ったりきたりしてすいません。ダミアン神父がハンセン氏病患者さんたちを救うため、カラウパパに渡ったのは、ルナリロが王様の時でした。1873年10月のことやそうです。ダミアン神父はそのままカラウパパで暮らしはじめます。が、1884年にハンセン氏病にかかってしまいます。病気にかかりながらも、1889年に亡くなるまで患者さんたちのために働き続けたそうです。

1889年といえば、カラカウア王の時代です。ハワイ王国も幕を閉じようとしていました。写真は、カラウパパにダミアン神父が建てたという『ダミアン教会』です。

更新日:2009年12月22日(Tue)

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この記事へのコメント

以前、日本の牧師でダミアン神父の生涯を、
一人芝居している方がいて、それを見たとき、
ダミアン神父は、自分もハンセン氏病にかかったときに、
「みんなと、同じになったよ。」と言った場面があり、
その言葉に、心を打たれました。

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