モロカイ島2011/ダミアン神父の足跡
前回のつづきです。

カラウパパの中心地からスクールバスに乗って東へやってきました。
カラウパパの中心地から西。このあたりは何もありません。

が、ダミアン神父がやってきたころは、こちらが集落の中心やったそうです。

教会が二つありました。
いずれも、ダミアン神父がやってくる前からあった教会ですが、
ダミアン神父がいじって大きくしたそうです。
ユースケZ「ダミアン神父はずーっと日曜大工してる感じだったみたいですね」

突き当たりにある広場?公園?でランチをいただきます。
この公園からの眺めが最高でした。

ユースケZ「落っこちたら戻って来れないので、海には近づかないでくださいって」
崖っぷちってことやね。こわっ

ランチはサンドイッチでした。
こういう大自然の中で食べるサンドイッチって美味いですよね。


ランチの後、教会を見学に行きました。

これはダミアン神父のお墓でしょうか。
ユースケZ「お墓ですけど、遺体はここにはないみたいですよ。
ベルギーで埋葬しなおされたみたいです」
え?
ダミアン神父の遺体は、最初はここに埋葬されていたみたいです。
が、ベルギーで、ダミアン神父を英雄とする世論が高まって、
棺桶は掘り返されてベルギーへ持ち帰られました。
第2次世界大戦が始まる前のことです。
ついでに。
ダミアン神父はかなり偏屈な方やったみたいです。
これだけのことをされているので、
ハンセン氏病患者さんたちからはかなり神格化されていたのでは、
と思ったのですが、そうではなくて、
「変わり者」扱いされていたようなのです。
いろんな話を聞けば聞くほど、親しみを感じてしまう編集長でありました。
もひとつ。
神父 = カソリック
牧師 = プロテスタント
です。
ハワイ王朝はプロテスタントを選んでいます。
が、当時
フランス = カソリック
イギリス = プロテスタント
でした。
ハワイ王朝は、プロテスタントを選んでカソリックを追い出そうとするのですが、
フランスは軍艦を送り込んでこれを阻止します。
ハワイ王朝は、フランスの恫喝にびびってしまって、カソリックを許しています。
これが1839年のことです。
というわけで、ダミアン神父がやってきた1873年は、
カソリックの教会があちこちに普通にあったみたいですね。
このあたりのことも書いてます。
よろしければ▼
ハワイタイムマシーン
カラウパパ滞在時間は約3時間30分でした。


再びミュールに乗ってもどります。
ユースケZ「編集長、英語わかりました?」
歴史を知ってるのでなんとなく理解できましたけど、
英語がわかんないと辛いかもしれませんね。
まあ、でも、景色が最高にキレイなのでええかな。
ユースケZ「自分はまた来たいと思いましたよ!」
そうか。

ちなみに、わたくし、サンダルでした。
クツを履いていかれることをオススメします(当たり前やっちゅうねん)


ミュールライドは、帰りのほうがマシでした。
でもって、
太陽が昇ってきていて、真っ青な海を眺めることができました。

バイバイ、カラウパパ。
カラウパパ・ミュール・ツアーの建物の前の道をさらに進んだところに。
展望台のようなところがありました。

KALAUPAPA LOOKOUT
カラウパパ・ルックアウト。これはカラウパパを見下ろす展望台のようです。
PHALLIC ROCK
ファリック・ロック?
ユースケZ「ええええ!そんなものがあるんですか?」
ユースケZよ、ファリックって何や?
ユースケZ「帰ってから辞書で調べてください」
とにかくチェックしてみることにします。
まずは....



カラウパパ・ルックアウトです。
ユースケZ「さっきまで、あそこにいたんですよね」
うむ。なんか不思議やなあ。別世界みたいやし。
そして......


え? まじで?
ユースケZ「あははははは」
※
今回、モロカイ島の取材をするにあたり、勉強させていただいたWEBサイトがあります。
Love MOLOKAI
この中に、ちゃんと説明文がありました。すげっ。
PHALLIC ROCK
...........つづく

カラウパパの中心地からスクールバスに乗って東へやってきました。
カラワオ・パーク
カラウパパの中心地から西。このあたりは何もありません。

が、ダミアン神父がやってきたころは、こちらが集落の中心やったそうです。

教会が二つありました。
いずれも、ダミアン神父がやってくる前からあった教会ですが、
ダミアン神父がいじって大きくしたそうです。
ユースケZ「ダミアン神父はずーっと日曜大工してる感じだったみたいですね」

突き当たりにある広場?公園?でランチをいただきます。
この公園からの眺めが最高でした。

ユースケZ「落っこちたら戻って来れないので、海には近づかないでくださいって」
崖っぷちってことやね。こわっ

ランチはサンドイッチでした。
こういう大自然の中で食べるサンドイッチって美味いですよね。


ランチの後、教会を見学に行きました。

これはダミアン神父のお墓でしょうか。
ユースケZ「お墓ですけど、遺体はここにはないみたいですよ。
ベルギーで埋葬しなおされたみたいです」
え?
調べてみました
ダミアン神父の遺体は、最初はここに埋葬されていたみたいです。
が、ベルギーで、ダミアン神父を英雄とする世論が高まって、
棺桶は掘り返されてベルギーへ持ち帰られました。
第2次世界大戦が始まる前のことです。
ついでに。
ダミアン神父はかなり偏屈な方やったみたいです。
これだけのことをされているので、
ハンセン氏病患者さんたちからはかなり神格化されていたのでは、
と思ったのですが、そうではなくて、
「変わり者」扱いされていたようなのです。
いろんな話を聞けば聞くほど、親しみを感じてしまう編集長でありました。
もひとつ。
神父 = カソリック
牧師 = プロテスタント
です。
ハワイ王朝はプロテスタントを選んでいます。
が、当時
フランス = カソリック
イギリス = プロテスタント
でした。
ハワイ王朝は、プロテスタントを選んでカソリックを追い出そうとするのですが、
フランスは軍艦を送り込んでこれを阻止します。
ハワイ王朝は、フランスの恫喝にびびってしまって、カソリックを許しています。
これが1839年のことです。
というわけで、ダミアン神父がやってきた1873年は、
カソリックの教会があちこちに普通にあったみたいですね。
このあたりのことも書いてます。
よろしければ▼
ハワイタイムマシーン
帰路
カラウパパ滞在時間は約3時間30分でした。


再びミュールに乗ってもどります。
ユースケZ「編集長、英語わかりました?」
歴史を知ってるのでなんとなく理解できましたけど、
英語がわかんないと辛いかもしれませんね。
まあ、でも、景色が最高にキレイなのでええかな。
ユースケZ「自分はまた来たいと思いましたよ!」
そうか。

ちなみに、わたくし、サンダルでした。
クツを履いていかれることをオススメします(当たり前やっちゅうねん)


ミュールライドは、帰りのほうがマシでした。
でもって、
太陽が昇ってきていて、真っ青な海を眺めることができました。

バイバイ、カラウパパ。
カラウパパを見下ろす場所にあったもの
カラウパパ・ミュール・ツアーの建物の前の道をさらに進んだところに。
展望台のようなところがありました。

KALAUPAPA LOOKOUT
カラウパパ・ルックアウト。これはカラウパパを見下ろす展望台のようです。
PHALLIC ROCK
ファリック・ロック?
ユースケZ「ええええ!そんなものがあるんですか?」
ユースケZよ、ファリックって何や?
ユースケZ「帰ってから辞書で調べてください」
とにかくチェックしてみることにします。
まずは....



カラウパパ・ルックアウトです。
ユースケZ「さっきまで、あそこにいたんですよね」
うむ。なんか不思議やなあ。別世界みたいやし。
そして......


え? まじで?
ユースケZ「あははははは」
※
今回、モロカイ島の取材をするにあたり、勉強させていただいたWEBサイトがあります。
Love MOLOKAI
この中に、ちゃんと説明文がありました。すげっ。
PHALLIC ROCK
...........つづく
更新日:2011年08月21日(Sun)
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この記事へのコメント
ダミアン神父さんが、気になったので、
「真ハワイタイムマシーン」を読み返してたら、
カラウパパはニイハウ島ってなってましたが、
モロカイ島なんですね^^
え
間違ってますね
直さなくちゃ
ありがとうございます