| ■■■ハワイの神話
元来ハワイの信仰では、神は山川草木やそれぞれの動物にやどり、また農耕の神、狩猟の神もいるといいます。絶対唯一神のキリスト教とは異なり、日本と同じような八百万(やおよろず)の神々であり、われわれ日本人には親しみやすい信仰でしょう。ハワイには、クムリポという神話があります。クムリポとは、ハワイの王家に代々口承で秘密裡に伝わってきた創世神話、叙事詩で、ハワイ王国第7代のカラカウア王が1881年に公表、彼の後、王位を継いだ妹のリリウオカラニ女王が英訳して、世界的に有名になったものです。このクムリポは、広くポリネシア全般に分布している神話の1つとして位置づけられており、サモア、トンガ、タヒチ、そしてニュージーランドのマオリの人々の間に語り継がれている神話と共通のモチーフを数多く見いだすことができます。ポリネシアの中でいち早く近代化されたハワイであったからこそ、「クムリポ」という原始の創世叙事詩が、文学というかたちで私たちに残され、その神秘さに触れることができるのは幸運なことかもしれません。内容は、16のパートに分かれていて前半の8部は、「闇の世界」。宇宙のはじまりから説きおこし、原初の生物として珊瑚とポリプが出現し、やがてヒトデやウニ、次に貝、そして植物、というように、まるで進化論のように次々と高等生物が出現していきます。第8部の終わりで闇は終わりを告げ、神が登場します。カナロア、カネなど今でも深く信仰されている神々からハワイ王族の系譜へと延々と続きます。
■■■ハワイ語
ハワイ語はインドネシア語、マレーシア語、ポリネシア語と同一語族なのでこの語族は地球上でもっとも広い面積を覆う言語といえる。ただし、その地域の大部分は海洋で人は住んでいない。このことから太古の昔、人々が海洋を移動して太平洋の島々に定着していったことがうかがえる。19世紀前半、ハワイに宣教師が文字を伝え、ハワイ語のローマ字表記が始まり、ハワイ語が文章化されるようになった。ハワイ語は、5つの母音(a,e,i,o,u)と、7つの子音(p,k,h,l,m,n,w)と声門閉鎖音(')で表記されている。また、日本語と同じようにl とrの区別がなく子音も7つしかないのでハワイ語のカナ表記は簡単である。しかし今ハワイ語は忘れられつつある。1840年ハワイが正式にキリスト教国となり、また立憲君主国となって英語による学校教育が主流となった。こうして1893年ハワイ王朝転覆、翌年ハワイ共和国設立とともにハワイの公用語は英語になった。今、ハワイ語で日常生活している人々はニイハウ島に少数残っているのみである。しかし本来の自分たちの言語を後世に残そうという動きも出てきて、学校でハワイ語を教えるところもあり、ハワイ語が消えることはないようだ。
■■■レイ
黄色いイリマの花のレイは高貴さを表し、マイレの葉のレイは神が宿るという。レイは単なる飾りではなく、ハワイの人々の心を表す。ありがとう、さようなら、おめでとう、といった様々な心を美しい花の輪、レイに託すのだ。ハワイの人々の生活にレイは欠かせない。レイを贈るということは思いを贈るということであり、それを首にかけるということは思いを受け止めるということになる。だから空港でかけられるレイは、単なるサービスではなくハワイ特有の歓迎の表現となる。ハワイでは子供の頃からレイに親しみ、作り方を学び、イベントのたびに贈られ、また贈り合うことをする。また、フラではその曲に合わせてレイを選ぶ。レイの材料である花や葉にはそれぞれ意味があり、場合に応じたレイを身につける。それは自然の力を身につけることでもある。レイは花や葉だけでなく木の実、貝殻や羽毛でもつくられる。5月1日にはレイデーというハワイ伝統の美しい祭典が催される。70年以上の歴史を誇り、この日は各島でレイを主役にした各種イベントが開催される。オアフ島ではカピオラニ公園を会場として、朝から選ばれたレイ・クイーンのお披露目やフラとハワイアン音楽のショーなどがあり、正午からレイ・コンテストの出品作品を見学できる。赤、青、白、オレンジというように色でカテゴリーが分かれるが、どのレイも何十もの種類の草花を編んで作られたまさに花の芸術品である。
■■■ウクレレ
ウクレレって何だろうか。そう、最近よく高木ブーさんがアロハ着て弾いているギターに似た小さな楽器である。たがい弦は4本で、ナイロン弦である。どんな風に生まれたかというのは諸説たくさんあって分からないようだ。地元ではハワイの学生が誤って弦の上にナイフを落としたのが始まりというのが専ら噂らしいが、本当はどうだか。でも、原型となったのはポルトガルのブラギーニアという民族楽器だというのは確かである。それが変形して1899年に生まれたとのことである。そして、それが当時の王様、デヴィット・カラカウア王に気に入られてフラダンスの伴奏用の楽器として広まったのだ。次にチューニングについて。一般的な4弦のソプラノ・ウクレレのチューニングは1弦から順にA(ラ)、E(ミ)、C(ド)、G(ソ)である。でも、必ずしもこの通りってわけでもないらしいが、そのあたりはご愛嬌。最後に(早いって?)ウクレレを作っているメーカーについて。日本製ではフェイマスやアストリアスなどが有名で、日本製は全体につくりが良いようである。輸入モノではヤマカやギターで超有名なCF.マーチンなど。ヤマカはハワイ最大のメーカーらしい。でも外国製なのでつくりの良くないものも少なくないらしい。
■■■ハワイアンジュエリー
ハワイアン・ジュエリーとは,ゴールドに文字や草花の模様を彫りこみ、黒のエナメルを流し込んで焼き付けるものである。ハワイアン・ジュエリーの起源は今から約150年ほど前に遡る。1862年2月、イギリス宮廷では ビクトリア女王の夫アルバート王子の追悼のために黒をアクセントとした喪中要ジュエリーをつけた。そのことを伝え聞いたハワイ王朝最後の女王、リリウオカラニ女王は、自らもビクトリアン・スタイルの喪中用ジュエリーを特別に作らせ、身につけたことから始まる。また、そのときに彫らせた言葉は、「ホオマナオ・マウ(永遠なる思い)」であった。こうして、ハワイ語を刻んだヴィクトリア調のハワイアン・ジュエリーは、誕生したのであった。リリウオカラニ女王はその後も様々な文字を刻んだジュエリーを作らせ、一種のお守りのように身につけ続けた。そして、親交の厚かった教師、ゾエ・マトキンソン女史に1893年女王作の歌と同じ「アロハ・オエ」と刻んだバングルを贈った。このことが、女史の生徒の間で広まり、さらにはハワイの人々に伝わって、親から娘へ、あるいは、恋人同士でハワイアン・ジュエリーを贈り物にするようになったのだ。このようにして、多くの大衆にも受け入れられ、今では、ハワイの女性なら必ず身につけているほどハワイアン・ジュエリーはハワイの人々にとっては、無くてはならないものになっている。
■■■フラダンス
まず、「フラ」とはそもそも「踊る」という意味で、いろいろな種類の踊りが含まれる。実はフラの歴史についてははっきりしたことはあまりわかっていない。その起源についてもいろいろな説があるが、どれも証拠不足である。しかし、フラはハワイにおいてとても古くから楽しまれていたものらしく、既に神話の中で神々がフラに興じている様子が描かれている。フラについてのはっきりしたことが言えるようになるのは18世紀のクック船長のハワイ訪問からである。当時盛んにフラが踊られていたことが記録されている。その後19世紀の前半キリスト教の宣教師達によって、「野蛮で、みだらなもの」とみなされ、教会と関係の深かったハワイ王室によって、フラを公の場で演じることは禁止された。その間も教会の目の届かない所ではフラの伝統は継承されていた。19世紀後半に即位したカラカウア王がハワイの伝統文化の重要性を認識し、フラを完全に復権し、奨励した。この流れをくんでいるのが「フラ・カヒコ」(古典スタイルのフラ)である。また、もう一方で19世紀後半から欧米から音楽や楽器が導入されはじめ、その結果として、従来の様に打楽器のリズムのみで踊る「フラ・カヒコ」とは違い、ウクレレなどの楽器の演奏でメロディーと共に踊る新しいスタイルのフラ「フラ・アウワナ」が発達した。この新しいスタイルのフラでは、英語混じりのハワイ語の歌詞、或いは、全く英語だけの歌詞に併せた踊りも発達し、ハワイの観光開発と併せて繁栄し、それは今日まで続いている。フラ・アウアナの繁栄でフラカヒコはやや影が薄くなってしまったが、1970年代のハワイのルネッサンス的な動きにより、勢いを取り戻し、今現在でも多くの生徒がフラ・カヒコを熱心に学んでおり、伝統的な踊りの復元、伝統的な手法に基づいた新しいフラの創造も盛んに行われている。
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