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ハワイの歴史・文化について ---- もどる▼
ハワイの歴史
ハワイの歴史を考える上で、それは大きく3つに分けられる。初めはポリネシア人の文化、そしてキャプテンクックの上陸、カメハメハ大王の登場である。ここでも、この3つに分けて調べてみた。

1.ポリネシアン文化

@どこから来たのか
ポリネシア人の来た経路は2つあると考えられている。1つは、紀元500年頃で、マルケスサス諸島にいたポリネシア人が、渡り鳥の行き先をつきとめようと、イースター島、ソシエテ諸島、ハワイ諸島へと移ったという経路。もう1つは、紀元1200年頃に、ソシエテ諸島のタヒチ辺りから1つの社会が全体として移住してきたという経路だ。その後、キャプテンクックの上陸までハワイはポリネシア人だけの社会であった。

Aポリネシア人の生活
彼らは集落(アフプアア)を火山の頂から海岸までに広がる渓谷に作るようになった。この渓谷は火山の頂上から放射状に広がっていて、他の侵入を防ぐ自然の要害となり、海岸までのびているので、船で他のアフプアアとの交流が容易にできた。また、彼らの主食はタロイモで作られた「ポイ」というもので、このタロイモを栽培するのに必要な水はこの渓谷の中央を流れる川からとることができた。

この社会には階級性があったようで、上から順に、アリイ、カフナ、マカアイナナ、カウパという階級だった。カウパは戦争捕虜で、顔に入れ墨を入れられ、隔離生活をさせられていた。マカアイナナは圧倒的多数を占める平民階級、カフナは神官階級で、聖職者または、住宅やカヌーを作る人達がこれに属していたようだ。また、神官長をカフナ・ヌイといった。アリイは首長階級でアリイ・ヌイは大首長として王様のような階級だったようだ。

また、彼らはカプという禁令制度を作った。女性が食べてはいけない食物を決めたり、女性が入れない場所があったりと女性差別的な取り決めをし、カツオ漁の時期とマルアジ漁の時期とに分かれていて、1つを獲っている時にもう片方を獲るのを禁じたりした。信仰も独特で、カネ(太陽、真水、全生命の父)、ロノ(収穫、雨、平和の神)、ク(戦争、森の神)、カナロア(海)の4大神を天地創造の神々として崇めていたようだ。

2.キャプテンクックのハワイ発見

1788年、ソシエテ諸島からアメリカ大陸に向かっていた、イギリスの探検家ジェームズ・クック船長はその途中、オアフ島を発見し、その2日後にカウアイ島に上陸した。先住民達は彼を神、「ロノ」の再来だと思い込んだ。というのは、当時、その再来が予言されていたからだ。クックはそこで神として崇められ、多くの物を先住民と物々交換したようだ。しかし、ある時、クックの船員の1人が死んだことを知った先住民達は、彼が神の再来であることに疑いを持ち、彼らに神殿の棚や木製の愚象などを取られたことに怒り始めた。その後、クックは先住民達と対立し、戦いに敗れ、殺された。当時、先住民の伝承に「偉大な人物の遺体には、強力なマナ(=神霊)が宿り、それを所有すると、自分にもそのマナが宿る。」というのがあったため、クックの遺体は切断され、この戦いに参加した酋長達に配られたそうだ。その後、ハワイ人の手にある、クックの遺体は「ロノ」神殿に埋葬されたが、1819年に何者かによって、持ち出され、今も行方はわかっていないようだ。

3.カメハメハ大王の登場

@カメハメハによる統一王朝
クックによって発見された当時のハワイは、各島が世襲制のアリイ・ヌイ達によって統治されていた。カメハメハはハワイ島のアリイ・ヌイであるカラニオプウの甥だった。1782年、カラニオプウの死後、その息子のキワラオが王位を継承し、カメハメハはその島の2つの地区を与えられた。これを良く思わなかったキワラオはカメハメハに戦争を仕掛けたが、敗れ、カメハメハはその後それぞれの島を統一していき、1810年にはハワイを統一し、大王となって王朝を築いたのだった。

Aカメハメハと外国勢力
1788年のクック以来、多くの外国船がハワイにやってきた。1789年には米国船コロンビア号が訪れた。カメハメハは外国人に対して、好意的だったが、友人として選んだのはイギリス人だった。中でもジョージ・バンクーバー船長を信頼していた。バンクーバー船長はクックの最後の旅に同行していた人で、ハワイに初めて牛を持ち込み、カメハメハに政治に関して、助言を与えていた人物だ。カメハメハは他の国々がハワイを植民地化しようとしているのを恐れ、イギリスと防衛援助の契約を結んだ。ハワイにおける、イギリス人の安全を保障する変わりに、ハワイに何かあった時、イギリスがハワイの防衛をする、という契約だった。この契約以降、ハワイにはイギリス国旗が掲揚されるようになった。

・・・その後、宣教師達がキリスト教を布教したことにより、外国人移住者が増え、1893年に、アメリカ大事業家や大地主達のクーデターが起き、王制に終止符が打たれた。翌年、憲法が制定されて、ハワイ共和国が誕生した。1959年にはアメリカの第50番目の州となった。

日本からの最初の移住者がやってきたのは1868年で、厳しい暑さの中でも畑仕事に従事し、ハワイでの生活になじんでいった。が、植民地的支配による厳しい生活が続き、人種偏見や経済的な問題にも悩まされていたようだ。

1941年12月、真珠湾攻撃による太平洋戦争が始まると、日系移民達は強制収容所に送られるなどの厳しい時代を迎えた。しかし、アメリカへの忠義を証明するために立ち上がった、2世志願兵達(=パイナップル アーミー)の活躍で、日系人のアメリカへの功績は広く称賛された。そして、戦後には、ハワイは飛躍的な進歩を遂げ、日本人のみならず、世界中から広く愛されている。

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