■修学旅行事前学習 ------ 東大寺学園編
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ポリネシアン文化
ポリネシアに属す諸社会は第二次大戦後の1960年代からようやく国家としての独立様々な形での自治領化を実現していった。1962年には西サモアがニュージーランドから独立し、1965年にはクック諸島がニュージーランドの自治領となり、1970年にはフィジーがイギリスから独立する。それまで王国として内政権を維持しながら、外交権はイギリスにゆだねてきたトンガ王国も、1970年には外交権を回復して完全な独立国となる。1974年にはニウエがやはりニュージーランドの自治領となり、一九七六年には、それまでギルバート・エリス諸島とまとめてイギリスに統治されていた地域がミクロネシアのキリバスとポリネシアのツヴァルの二つの地域に分離し、キリバスは同年、またツヴァルは1978年に独立。アメリカ領サモアも70年代後半頃から自治権は拡大している。未だ独立が達成できていないのは、フツナ・ウヴェア(仏領)。トケラウ諸島はあまりに小さいため、将来もニュージーランドから独立の見込みはなさそうだが、自治権は拡大してきている。仏領ポリネシアは別な政治的理由で独立は難しいといわれている。また、ハワイやニュージーランドのように、ポリネシア人が先住民化しているところもある。

1、ポリネシアの主食

ポリネシアの人々は、高温多湿な気候風土に相応しい食生活文化を発展させてきた。その食物の中心はヤムイモである。その他にタロイモなどのイモ類を多く栽培している。よく絵や漫画などに書かれてあるバナナやココヤシの実はむしろおやつに近い食べ物であると言える。
これらのイモは、東南アジアの熱帯地方に住んでいたアジア系の人々によって伝えられたとされている。このことは、ポリネシアの人々のDNAとアジア人のそれと大変似通っていることからも分かる。日本でも稲作が伝えられる以前は里芋やヤマノイモを主に栽培して食べていた。
ヤムイモは蔓性の植物で、根と茎の中間にあたる部分にでんぷんが蓄えられる。形はサツマイモに似ており、大きな物は50センチにもなる。タロイモは地中に埋もれた茎がでんぷんの貯蔵によって巨大化したもので、日本の里芋によく似ている。
タロイモは種芋を植えさえすればそのまま育っていくのだが、ヤムイモは畑に溝を作って水はけを良くしたり、こまめに雑草を抜いたりしなければならない。このようにヤムイモの栽培には手間がかかるのでヤムイモの品種に階級をつけて区別した。最高級の品種には「本当のヤムイモ」と名づけ珍重し、物々交換の際には欠かせぬ物品となった。
近年、従来の栄養供給源だったイモ類に対する依存度が下がっている。原因の主な物に、穀物、特に米を現地の人々が買って食べるようになったことが挙げられる。また、ヤムイモやタロイモの栽培は、近代的な大量収穫方法には向かないために、代わりにサツマイモを植えているところも多いようだ。僕達の旅行でであうことはすくないだろう。

2、踊り

サモア人男性が手のひらで体をたたきながら踊るファアタウパチ、ハワイ女性の優雅なフラダンス、トンガ女性の手や指で踊る優美な踊り、紐付きボールを器用にふりまわすマオリのポイ・ダンス、フィジーの木製槍をもって踊る勇壮な踊り、タヒチ女性のベリー・ダンス、タムレ、などたくさん踊りがあるがここではフラダンスみてみよう。

フラダンス

フラダンスはもともと神様にささげるために踊られてきたものでであり特別な男性だけによってのみ踊られていた。そして躍るとき必ずレイをつけた。レイはただ単に装飾品に見えるが実は宗教的な面をもっている。自然には神が宿っていると信じ、神からの力をもらうためにレイを着用した。そしてレイをつくる植物を採取するときは儀式をした。現在も歌の内容にあわせレイを自分の手でつくる人もいるらしい。そのためフラダンスはかつてキリスト教によって、厳しく禁じられていた。自然崇拝が布教の邪魔になると判断したからである。そのため、伝統のダンスが完全になくなってしまったところもあった。19世紀の終わりになって、ハワイで文化復興の運動がもちあがった。そしてついにモダン・スタイルのフラダンス「アウアナ」という型が生まれた(メロディーにあわせ優雅におどるもの。ここで、ウクレレやギターがフラに使われるようになった。)。ポリネシアではもともと歌と踊りは見よう見まねで習うものなので他の土地のものもいち早く採用する傾向があった。それにより島の人々が自分たちのものとして歌ったり踊ったりしている演目が他の諸島起源である場合も多くある。そのため伝統のダンスが完全になくなってしまったところも他の島の踊りをまねて復興している。

3、ポリネシアの近隣の諸島間の文化

あたりまえかもしれないが、ポリネシアでは互いの文化が非常に近い。たとえば、ほぼ共通の栽培植物や家畜をもち、多くの神話を含む共通の口頭伝承があるといったところだ。言葉は方言レベルの違いでしかなく、ポリネシア人にとって、他のポリネシア語は話せなくとも理解できたりもしくは理解できなくとも話題の推測が可能であった。つまりコミュニティ同士では没交渉でも白人や他のアジア系などの人よりも近親感をもっているといえる。

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