モーハワイ☆コム

カテゴリー:断捨離

旅の思い出の数々、昔読んで捨てられない旅の本の数々を綴ってまいりましょう。

亀次朗の断捨離-03/ビーパルが描く「冒険のハワイ」


R60★亀(亀次朗)であります。

還暦を過ぎ断捨離を始めようと思い立ちました。部屋の片隅で埋もれていた思い入れの深い物たちに最後の光を浴びさせてみましょう。
この記事は2017年(平成29年)9月1日のものです。
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【注】「断捨離」を書くにあたって再読しています。亀次朗自身にとっては読み納めになります。せいぜい一週間から二週間に一回くらいのペースになりますがご了承ください。

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【表紙】今やアウトドア雑誌では知らない人はいないと思われるビーパル。しかし、その創刊当時は「なんて軟弱な」とか「恰好ばっかり」とか散々な評価だったんです。当時山に入る人が読んでいたのは「岳人」とか「ヤマケイ」とか本格的に山を目指す人たちだけのセカイだったです。今でも覚えているけどビーパル創刊号の表紙はおへそ辺りでビリビリにちぎった白いタンクトップのおねいさんがにっこり笑っている写真だった。お顔の目の部分にビーパルの文字が被さっていて却ってどんなおねいさんなのか気になる演出だったんです。直ぐに消えてなくなると思われたビーパルが軌道に乗った事自体が新しい価値観の台頭を表していたのでしょう。そんなビーパルが売り上げ増進に気を良くして海外取材を企画したのがハワイだったんです。
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創刊第199号のテーマは「冒険のハワイ」。「この特集はBE-PAL編集部をハワイに移してつくりました。」とえらい意気込みです。額面通り捉えれば「小学館からスタッフへの創刊200号達成のご褒美か」ともとらえられるし、下請けのライターやカメラマンを総動員して「いい記事書かんと島流しだ」と脅かして作ったのかなと思ったりしました。
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記事はいきなりマウナケアに登ってヒロダウンタウン散策、ハワイ島キャンプ場巡りと続きます。勿論ビーパルですからアウトドアショップ巡りはお約束。圧倒的に深い部分だけ記事にしています。日本からどうやって行くんだとか宿はどうするんだとかは全くなし。それはそれで面白い紙面構成だと思いましたが初心者には絶対無理な記事ばっかりであります。
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創刊号からずっと抱え込んでいたビーパルも二度のお引越しで殆ど処分してしまいました。残っているのはこのハワイ特集号だけ。なんでこれだけ残したんだろう?創刊号ならそれなりに高く売れるかもしれないけど今はもう昔の話。どうせお墓にまでは持って行けません。そろそろお別れの時が来たようです。
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【おまけ】モーハの達人の中にも生豆から焙煎したりコーヒーの収穫祭に参加したりしておられる方々がいらっしゃいますが、約20年前のビーパルにもそんな記事が掲載されていました。
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亀次朗の断捨離-04/ショアバードのビキニコンテスト


R60★亀(亀次朗)であります。
還暦を過ぎ断捨離を始めようと思い立ちました。部屋の片隅で埋もれていた思い入れの深い物たちに最後の光を浴びさせてみましょう。 この記事は2017年(平成29年)9月4日のものです。
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【注】「断捨離」を書くにあたって再読しています。亀次朗自身にとっては読み納めになります。せいぜい一週間から二週間に一回くらいのペースになりますがご了承ください。

予定していた順序ではまだずっと先に書くつもりだったアロハエクスプレスの記事なんだけど、マウロアさんから「ショアバードが閉店する」というニュースhttp://www.mo-hawaii.com/mauloa-surf/12482.htmlを聞いて慌てて記事を起こしています。【表紙】CBSソニー出版「アロハエクスプレスvol.2」アロハエキスプレスは創刊号からずっと愛読していて本棚に収まり切れなくなったのと二度の引っ越しもあって泣く泣くかなり捨ててしまっています。残っているのは創刊号から20号辺りまで。ショアバードの記事は創刊第二号に掲載されています。
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【発行日】1988年というと今から30年も昔になりますか。和暦でいえば昭和63年。「24時間働けますか♪」のリゲインが発売された年。何?リゲインを知らないとな!んじゃ、東京ドームが竣工した年とか東北新幹線が部分開業した年とかって言えば古さが分かってもらえるでしょうか。歌なら「パラダイス銀河」だ。その年売れた本を調べてみたら「あなたは3日間で巨人軍と別れられる」というのがあった。きっと優良図書として一部地域を除き全国的に売れまくったんだろうなあ。
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【目次】創刊第二号とあってかなり綿密に調べ上げた記事が並んでいます。今読み直してみても楽しい記事が多いんです。勿論、ワイキキのランチのお店なんかは廃業しちゃっているお店もあるけど、今でも営業を続けているお店もあって感心してしまいます。おっと、今回はこの号の話では無くってビキニコンテストの話じゃった。この号の記事についてはそのうちに別の記事に仕上げましょう。
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【記事】今のテレビ東京が「東京12チャンネル」といっていた当時、お堅い経済番組とめっちゃ柔らかい娯楽番組がごちゃごちゃに同居している支離滅裂なテレビ局だったんです。毎週一回深夜枠でやっていたハワイ番組でビキニコンテストが紹介されていたのを覚えているのは団塊の世代以上のじじいだけになってしまいました。
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日曜日の夕方、ハワイに遊びに来たメインランドのねーちゃんがショアバードのハッピーアワーで弾けまくっていたんです。ビキニコンテストの評価基準は「水着ではなく水着を着たねーちゃん」の人気投票なんだそうです。ぶんぶん盛り上がっています。
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こんなアホなコンテストを企画したショアバードも立派だけど、深夜枠とはいえ週一ペースでオンエアーした東京12チャンネルも凄いと思いませんか。この番組を観てのこのことハワイに出掛けたバカなサラリーマン(当時30数歳)もいたんです。
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亀次朗の断捨離-02/ファンロード「香港台湾ゲゲボ・ガイド」


R60★亀(亀次朗)であります。
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還暦を過ぎ断捨離を始めようと思い立ちました。部屋の片隅で埋もれていた思い入れの深い物たちに最後の光を浴びさせてみましょう。
この記事は2017年(平成29年)8月22日のものです。
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【注】「断捨離」を書くにあたって再読しています。亀次朗自身にとっては読み納めになります。せいぜい一週間に一回くらいのペースになりますがご了承ください。
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諸君は「ファンロード」なる漫画オタク雑誌をご存知であろうか。1980年の創刊。幾多の困難を乗り越えながら2003年まで存続。その後、出版者を変えて再刊。現在は電子版として存続している(らしい)読者投稿をベースとする摩訶不思議雑誌。まるでモーハワイのようです。生まれてくるのが早過ぎたのでしょうか。
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そんなファンロードが読者を集めて年1~2回行っていた香港台湾へのパッケージツアーが「げげぼツアー」あまりの内容の濃さに「香港台湾ゲゲボ・ガイド」なる臨時増刊号まで発行されたのであります。
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大体においてネット環境どころかパソコンすら殆ど普及していなかった昭和の時代にこういうツアーを実行してしまうあたりが凄いと思いませんか。現地では観光地巡りなど全くせずに、おもちゃ屋さんやコンビニ、ドリアン屋台なんかを襲撃、朝昼夜とあちこちの屋台街に出没する奇奇怪怪なツアーだったんです。
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発行日は昭和62年12月1日の初版本であります。
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あの頃ファンロードに投稿していた高校生達は一体どう親を説得して(騙して)ゲゲボツアーに参加したのでしょう。あの頃高校生だったツアー参加者は今日本の社会の中核を成す世代になっているのでしょう。
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内容はまるでモーハのブロガーを地で行くような異様な盛り上がりです。怪しげな市場に潜入したり屋台めしを帰りの飛行機に持ち込んでお土産にしたり今でも参考になりそうなアバレようです。そういえばレナードのマラサダとかロイヤルキッチンの焼きマナプアとか帰国日の朝空港に向かう途中で買い込んで日本に持ち帰った事あったっけ。この本の影響だったのかなあ

亀次朗の断捨離-01/加藤秀俊著「ホノルルの街かどから」


R60★亀(亀次朗)であります。
還暦を過ぎ断捨離を始めようと思い立ちました。部屋の片隅で埋もれていた思い入れの深い物たちに最後の光を浴びさせてみましょう。
この記事は2017年(平成29年)8月20日のものです。
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【注】「断捨離」を書くにあたって再読しています。亀次朗自身にとっては読み納めになります。「断捨離」はせいぜい一週間から二週間に一回くらいのペースのアップになりますがご了承ください。


【表紙】文化人類学者加藤秀俊氏は1972年から一年間ハワイ大学で研究生活を続けました。家族を連れてのハワイ滞在では研究者の視点ばかりでなく生活者として様々な体験をされました。1972年といえば今から40年以上前の事です。そんな頃のハワイ生活を垣間見る一冊であります。
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【裏表紙】家探しから子供たちの学校、自家用車の購入、生活用品などの買物など文字通り生活者としての目線は、当時まだハワイ渡航歴の無かった亀次朗にはとても新鮮なものでした。
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【発行日】文庫本としての初版は昭和54年1月。一回目の再版本を手にしたのは(多分)昭和55年の春だったのでしょう。その年のゴールデンウィークが鶴亀若夫婦の最初のハワイ旅行でした。
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【目次】改めて古い文庫本のページをめくってみました。家探し、入学手続き、借家の大掃除、食べ物にガレージセールなどなど、たった一年間の滞在中はさぞかし大忙しだったことでしょう。現在の様にインターネットで簡単に様々な調べ事が出来る時代じゃありません。さぞかしご苦労されたでしょう。
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【記事】いかに古い文庫本とはいえ丸々コピーして貼り付ける訳にはいかないでしょうから部分カットでご勘弁ください。家族全員を引き連れて最初の一泊をワイキキのホテルの一室に落ち着いた処から始まります。ようやく辿り着いた安心感とこれから始まる未知なる生活への不安が不思議な高揚をもって描かれています。
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元々、「ホノルルの街かどから」は雑誌「暮らしの設計」に連載されて好評を得て独立した本として発行されました。日常生活の様々な物事を切り取った「暮らしの思想」「続 暮らしの思想」と合わせて読んでみてはいかがでしょう。
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今でこそ書店には沢山のエッセイ本が並べられていますが、昭和51年に初版が発刊された「暮らしの思想」は読みやすく分かりやすい身の回りエッセイとして亀次朗には手放せない一冊でありました。
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亀次朗の「ハワイ他断捨離」こと始め


R60★亀(亀次朗)であります。

青い月の光を浴びながら私は砂の中に愛の形見をみんな埋めて泣いたのひとりっきりで♪

知ってるかな。

ミーナが歌って大ヒットした「砂に消えた涙」だ。日本では弘田三枝子さんが歌ってたね。今での若い衆は知らんだろうなあ。。。さて亀次朗64歳。還暦を過ぎピンクの手帖を頂くお年頃。そろそろ断捨離を始めようと思い立ちました。部屋の片隅で埋もれていた思い入れの深い物たちに最後の光を浴びさせてみましょう。
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訳あって家財の処分を始めました。勤め人時代颯爽と着こなしていたY体のスーツ(うそ!一番痩せてた時でもAB体)、壊れたキャンプ道具、古いパソコンやプリンターなどなど果てしなく果てしなく廃棄を続けました。最後に残ったのが古い写真やネガフィルム、そして大量の書籍でした。でもお墓に持って行けるハズもありません。涙を飲んでお別れをせねばならないのであります。
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耐え難きを耐え偲び難きを偲び、断捨離を始める事となりました。せめてものはなむけに思い出を綴ってみようと思います。既に廃刊・絶版となった書籍や衝動買いして未だに捨てられないお土産など当時を偲んでみましょうか。
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まさか居ないとは思うけど「面白そうだから読んでみたい」とか思ったら早めに連絡してね。捨てちゃう前だったら出来うる限りご希望に沿いたいと思います。但し、経年劣化と保管方法不備により再販には耐えられない代物(ボロボロ)であります。第一、内容が古すぎて何の資料的価値もありませんから。

この画像は1995年(第21回)のホノルルマラソンエントリー会場で貰ったフットロッカーのビニールバッグとナイキのキーホルダー。この他にもジョギング用のキャップとかダンベルの形したペットボトルとか色々貰ったなあ。ちなみにこの頃のマラソンエントリーは今のコンベンションセンターじゃなくってワイキキのアウトリガーリーフオンザビーチでありました。
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