モーハワイ☆コム

カテゴリー:断捨離

旅の思い出の数々、昔読んで捨てられない旅の本の数々を綴ってまいりましょう。

ロッカんロールだぜっ!


R60★亀(亀次朗)であります。
噂の六花亭うんまいもん詰め合わせ到着しました。
この記事は2020年07月16日のものです。
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和菓子詰め合わせをお取り寄せするなって!とても亀次朗的ではありません。しっかし旨いもんは旨い!歳を取ってアルコールよりも和菓子の方が口に合うようになってきたんでしょうか。無性に喰いたくなって通販に手を染めてしまったのであります。
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待ちに待った六花亭の七月詰め合わせ。ようやく到着しました。開けてビックリ!懐かしい品物が並んでいます。
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大平原にバターサンド、雪やこんこ、霜だたみ。昔っから親しんでいた名前が並んでいます。懐かしいからって全部一人で喰ってしまう事も出来ません。
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おっ!新顔が入っています。季節限定、賞味期限の短い限定品です。「六花ロール」っですか!ロッケンローール!ですね!
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たった3~4日しか日持ちしないロールケーキ。フレッシュなクリームに香りの高い梅の果実が今までに無い美味しさを醸し出しています。
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帯広千秋庵時代の十勝日誌


R60★亀(亀次朗)であります。
つる姫さまの遺品整理をそろりそろりと始めました。
この記事は2017年(平成29年)07月11日のものです。
タイル プラン75



かれこれ40年以上も前の元禄時代のお話しです。亀次朗の実妹・芋子がせっかく合格した国立一期校を蹴っ飛ばして帯広の牛馬学校に入学したんです。「こっちの方が面白そうだったから」という彼女の説明を真に受けた訳じゃないんですけど両親の篤い引力圏から出来るだけ遠くに脱出したかったのではないかと憶測するのは関東圏に生まれながら千里丘ぽんきんかん学校に逃げ出した次兄の言い訳かも知れません。そんな帯広の地から送られてきたのが帯広千秋庵の和菓子詰め合わせでありました。
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つる姫さまの遺品整理を始めました。手始めに仏壇周辺にある書類を整理しようとしたら、あら懐かしや帯広千秋庵の和菓子詰め合わせの大箱が出てきました。芋子が帯広に居た頃送ってくれた物ですからかれこれ40年以上前の記念品的な菓子箱です。まさかあの当時の和菓子が残っていたらどうしよう。。。。

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恐る恐る開けてみれば沢山の白黒写真が出てきました。殆どが全く知らない方々です。鶴弥によりますと「多分祖父か曾祖父の時代の親戚縁者」なんだそうです。さて困った。こういった古い写真はどうしたら良いのでしょう?皆さんはどうされましたか?
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六花亭詰め合わせ買っちゃおうかな


R60★亀(亀次朗)であります。
亀次朗は帯広千秋庵の頃からの六花亭ファンであります。
この記事は2020年07月10日のものです。
タイル プラン75



チャイナコロナ大流行。北海道に旅行に行くのも内地に遊びに来て貰うのも難しいご時世です。帯広の老舗和菓子店六花亭のような大所でさえ(むしろ大勢の従業員を抱えているから)大幅な売上減少で苦戦しているそうです。
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道内では美味しい和菓子の詰め合わせが売られているという情報は薄ら薄ら聞こえて来ていましたが、とうとう神奈川県下の新聞折り込み広告にでかでかと和菓子詰め合わせ3000円というセンセーショナルなお知らせです。A3判フルカラー両面印刷という豪華な印刷物です。力の欠けようが凄いです。
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元々六花亭については帯広千秋案時代から親しんでいました。久し振りに味わってみましょう。そろそろ到着する頃です。今から楽しみです。
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つる姫城発掘調査隊始まります


R60★亀(亀次朗)であります。
鶴亀家のメインキャスターつる姫さまがお亡くなりになって早や一年が過ぎました。姫さまの遺品整理をそろりそろりと始めました。
この記事は2017年(平成29年)07月09日のものです。
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生前つる姫さまと何度もハワイに行く機会がありました。クヒオstの裏グレッグホーンstの安アパートメントでの家族旅行からヒルトンハワイアンヴィレッジで「居酒屋おこげ」を開催した時まで沢山の思い出が大切に心の中に仕舞われています。意外と数少ない国内旅行ですが最も記憶に刻み込まれているのが大分杵築へ出かけた家族全員での大旅行でありました。
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突然に「杵築に行きたい」と言い出したのはつる姫さまが80歳に近くなった2007年の夏の事でした。ひょっとしたらもう既に遠くない旅立ちの日を自覚しての思い立ちだったのでしょうか。今まで聞いた事のない「杵築」という地名は亀次朗の好奇心を大いにかき立てました。そこは戦国時代からの交通の要衝、江戸時代には徳川側から観れば西国仮想敵国に打ち込んだ戦略的前進基地という地理的状況でありました。
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旧市街地は歴史的保存地区となって静かに時を重ねています。この時の旅ではつる姫さまを筆頭に鶴亀家の家族全員と便乱女板前サーファーの二人をお誘いして総勢8名の大旅行となりました。
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「ここに来たかったの」今まご自分から「何処かに行きたい」とか「○○がしたい」とか積極的に言い出さなかった姫さまが人生の最後を向かえる直前に「どうしても行っておきたい」場所と家族にせがんで出かけた杵築城。その想いの深さは計り知れません。家族総出でお連れする事が出来た杵築の旅が忘れられません。
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さて、どんなお宝を発掘する事が出来るんでしょうか。古文書を遡るような学術的な話を期待しないでください。もっともっと即物的に面白おかしく姫さまの思い出に浸ってみようかと想っています。
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ホノルルマラソン完走Tシャツに忍び寄る危機


R60★亀(亀次朗)であります。
言っときますがこのお話はハワイ話じゃありません。
亀次朗が老後を語る「プラン75」であります。
この記事は2019年12月05日のものです。
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たかがTシャツ一枚とはいえ忘年会シーズンに二日間の有給休暇を無理矢理取って高い料金の航空券支払って満員御礼のオイルサーディンのようなぎちぎち飛行機で出かけるホノルルマラソン。時差ぼけと空腹と疲労が最後の上り坂で襲いかかってきます。走れなくなって長い年月が経っても決して捨てられないホノルルマラソンの完走Tシャツであります。
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気がつけば20枚以上の完走Tシャツが引き出しに仕舞われています。その一枚一枚にほろ苦い思い出が刻み込まれています。
  今年四月にお亡くなりになったつる姫さまが存命中の事です。時々体調を壊して入院したりショートステイ(老人お泊まり保育)なんかの時に介助担当者から「お年寄りの肌着は前開きシャツを用意してくださいね~」と毎回言われていたのを思い出しました。
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この先亀次朗が要介護になって家人によって老人収容施設に放り込まれたら、きっと施設内では24時間365日パジャマ生活になってしまうのでしょう。介護ヘルパーさんの手間を考えればアンダーシャツはすべて前開きボタン付きのらくだ色おじいちゃん肌シャツにさせられてしまうに違いありません。そんな時、大切な思い出のホノルルマラソン完走Tシャツは一体どうなってしまうんでしょう?押し入れ奥底にしまい込まれて亀次朗没後に水曜日の衣類ゴミの日に処分されてしまうんでしょうか。
忌々しいから今のおうちから普段使いしちゃおうかな。
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明日の背中


R60★亀(亀次朗)であります。
明日新宿に出かけます。およそ三年ぶりの大都会新宿です。迷子になりそう。。。。
この記事は2019年11月08日のものです。
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いつもならジャージ上下さえあれば着る物に困らない隠遁リタイヤ老人。「お町」に出かけるなんって本当に久し振りです。もうリタイヤして六年も経ってしまってネクタイの締め方すら忘れてしまった哀れな年寄りです。どんな格好していけば良いのでしょう?このTシャツなら後から見ても分かってもらえるかなあ。
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お気に入りのトーチランのTシャツ。ファーストハワイアン銀行のロゴがキマッています。これは2008年のもの。大事にしていて普段使いには使っていません。
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皆さん、ヌウナヌにあったハングリーライオンさんって覚えていますか?モーハワイで連載されていたのでご存じの皆さんも多いことでしょう。ボリューム満点のローカルレストランでした。亀次朗はサイミンサラダが大好きでした。
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これ着ていけば背中側からでも亀次朗だって分かってもらえるでしょう。白髪頭に黒Tシャツ。ちょっと地味か!?
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老人施設に入れられちゃうとヘルパーさんから「前開きのシャツにしてくださいね~」だなんって言われて、今まで大切にしていた思い出のTシャツは全て廃棄されてしまいます。そうなったらとっても悲しいから今のうちに大切にとっておいた「余所行きTシャツ」をどんどん着てしまいましょう。明日新宿で見かけたら声かけてね。
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亀次朗が死んだらこの曲で葬ってくれ


R60★亀(亀次朗)であります。
ふと思い立って自分の葬儀で使ってもらいたい歌を選んでみました。
この記事は2019年04月27日のものです。
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きっかけは、義母つる姫さまのご葬儀。こてこてな美空ひばりファンだったつる姫さまの為に孫たちが数曲選んだんです。実際には著作権の関係で葬儀会場で流すことは出来なかったのですが、自宅でゆっくりと聴かせてあげることが出来ました。んなら亀次朗の時にも遠くから流してもらえるかもしれない。んでも死んだ後に子供らが選んでくれる曲ってどんなんだろう?
せっかく一回しか死ねないんだから自分の思った通りの曲を用意しておこう。
あまり長い時間じゃないからせいぜい数曲。亀次朗も既に脳軟化が始まりかけています。今のうちに用意しておかないとせっかくのアイディアが無駄になってしまいます。


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【一曲目】
とは言え最初の一曲目からR&Bガンガンじゃボリューム下げられちゃうでしょう。一曲目にはごくごく大人しく静かに始めましょう。BarbraStreisandの名曲TheWayWeWere。日本では「追憶」という邦題が付けられていますね。1973年のアメリカ映画。主演バーブラ・ストライサンドとロバート・レッドフォード。主題曲「The Way We Were 」はアカデミー主題歌賞を受賞しています。


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【二曲目】
ジルベールベコーの曲に英語の歌詞を付けたLetItBeMe。エヴァリーブラザースによって世界的な大ヒット曲になりました。ジョンレノンがこの曲にかぶせてLetItBeを作ったのかどうかは知りませんがジョージハリソンもLetItBeMeをカバーしています。





日本人でこのLetItBeMeをカバーしているミュージシャンはあまりいません。亀次朗の恩人細川綾子さんと弟ツンさんデュエットを楽しんでもらいましょう。
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【三曲目】
BarbraStreisandのMyHeartBelongsToMe 1977年というと亀次朗がまだ社会人になって数年しか立っている経っていません。そんな頃全米ヒットチャート四位まで上り詰めた名曲であります。あれから40年以上の年月ですっかり爺ぃになってしまって今は棺の中でこの名曲を聴いている事でしょう。思えば自分勝手な人生だった。好き放題色んな事をやって楽しませていただきました。
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【四曲目】
WhitneyHoustonのSavingAllMyLoveForYou 1985年全米No,1にまで上り詰めた名曲であります。この年から翌年にかけて七曲連続ヒットチャート一位に輝いた一番のっている時のホイットニー。悲しくって切ないちょっとつやっぽい歌詞をホイットニーが切々と歌い上げます。亀次朗の大好きな歌手の一人です。
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【五曲目】
DonnaSummerのTheDanceCollectionからBarbraStreisandとのデュエットでNoMoreTears
安室奈美恵のじゃないぜ。ここまでの四曲をじっくりと聴いていただいているので亀次朗の葬式に来てくれた皆さんも多分油断していると思う。ドナサマーとバーバラストライザントという同世代に生まれた奇跡の歌姫が火花散らして歌いまくります。それも「NoMoreTears」だなんって泣かせる題名だけどよくよく聞いてみると
「あんたみたいな奴に流す無駄な涙なんって無い」
「もううんざりだ。さっさと出て行ってくれ」
言われなくっても墓場に行ってやる。
この世に未練なんっかありゃしない。
化けて出るだなんって無駄な事はしない。
おっとガンガンな曲だからってボリューム下げないでおくれ。今までの四曲よかっただろう。五曲目は大音量でしっかりと火葬場に運んでもらいたい。13分というロングバージョンを用意しておいたぜ。たっぷり楽しんでおくれ。
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亀次朗の断捨離 別冊宝島編「絶対保存版・裏ハワイ読本」


R60★亀(亀次朗)であります。
還暦を過ぎ断捨離を始めようと思い立ちました。部屋の片隅で埋もれていた思い入れの深い物たちに最後の光を浴びさせてみましょう。
この記事は2019年02月25日のものです。

【注】「断捨離」を書くにあたって再読しています。亀次朗自身にとっては読み納めになります。思い出したように突然アップしますがご了承ください。
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ワイメアさんから「宝島社の裏ハワイ読本」というお題を頂いたんで亀次朗の膨大なハワイ本コレクションの中から探し出してきました。確か「裏○○○読本」というんは、裏バンコクとか裏ホンコンだとか色々とおどろおどろしいシリーズがあって、宝島社そのものが当時の出版界でも特異な存在であったと記憶しています。
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1993年の発行といいますから凡そ25年以上も前の出版です。お洒落なブティックとか素敵なレストランとかの記事があったとしても今更参考になりません。しっかし出版側が「絶対保存版」と謳っている以上どのような普遍性のある記事内容なんでしょうか.
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テーマは六つ。
①カルチャー
②アンダーグラウンド
③ハワイアンローカルミュージック
④ネイチャー
⑤ナウ・アンド・ゼン
⑥日系移民ヒストリー
と続きます。いや、ほんまにディープです。読みだしたら止まらなくなってしまいます。
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お上品なモーハワイのサイト上にはとても紹介できない記事もいっぱいあるけどそれ以外は結構マジメに取材し記事に仕上がっています。例えば⑥日系移民ヒストリーでは日本近海で海難事故にあって漂流し遠く異国に流された人々についてハワイだけではなく遠くロシアで辛酸を舐めた大黒屋光太夫のエピソードから始まります。ハワイにも多くの日本人漂流民が辿り着いたと綴っています。
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特に日系移民の記事は狭いスペースながら要領よくコンパクトにしかし正確にまとめられています。書き手の力量が伺える読みやすく分かり易い記事でありました。
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亀次朗の断捨離-/angle編「Hawaii DrivjngMap & PlaySpot」


R60★亀(亀次朗)であります。
還暦を過ぎ断捨離を始めようと思い立ちました。部屋の片隅で埋もれていた思い入れの深い物たちに最後の光を浴びさせてみましょう。
この記事は2018年(平成30年)12月17日のものです。

【注】「断捨離」を書くにあたって再読しています。亀次朗自身にとっては読み納めになります。思い出したように突然アップしますがご了承ください。
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諸君は昭和後期に街歩きのバイブルとして貧乏学生や営業系サラリーマンに愛読された「angle」を覚えておられるだろうか。なんとかウォーカーなんぞが無かった時代、見知らぬ街の情報をきめ細かく取材した貴重な情報誌でありました。取材地に密着して作り上げた紙面にはその土地への地道な愛情が溢れており毎号毎号を楽しみにしておりました。そんなangleが何を血迷ったのかハワイのドライヴィングマップを作ったのが平成5年といいますから今から25年も前の事でありました。
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表紙を開くとベタなコピーが書かれています。決して洗練された文章ではありませんが、とつとつとした語り口は月刊誌angleを作り続けた地道さによるものでしょうか。
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しかして、その内容は正に「angle」で培われてきた綿密な実地調査に裏打ちされた充実したものでした。例えばハワイ島北部はこんな感じになっています。
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実際に走ってみないと分からない道路状況を的確に表現しています。名所旧跡については必要最小限の記述に留めてドライブマップとしての利便性を確保しています。無論ガイドブックとしての側面もありしっかりとした取材もされているのですが何せ25年も前の記事ですので食べ物屋さんなんかに関しては現在では参考にならないのは致し方ない処であります。
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ちなみにオアフ島のフリーウェイには当然と言えば当然ですがH-3など記載されていません。悪しからずご了承ください。それでもフリーウェイのランプについて平成5年時点でここまで丁寧に取材されているんは敬意を表します。読み直していて何だかドライブしているみたいで楽しかった。今でも充分に使える旧本です。読んでみたいかい?
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201804突然ソウル-08-2/仁寺洞親不孝通り


R60★亀(亀次朗)であります。
Ikamさんから「親不孝通り」って?とツッコミ頂きましたんで記事にしてみました。
この記事は2018年(平成30年)04月11日のものです。
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すみません、殆ど「断捨離」の記事と画像ばかりです。
http://www.mo-hawaii.com/kogemeshi/26196.html 亀次朗がまだ「亀足」と名乗っていた15年も前のソウル裏路地居酒屋雑誌からの抜粋です。

21ソウルの食べ方歩き方

とは言っても余程の地殻変動か強制土地収用など無い限り場所は変わりません。鍾路と鍾路三街の中間・タプコル公園から仁寺洞に向かう道すがらですから、仁寺洞歩きに行った方ならすぐ脇を通っているハズなんですけど。
22親不孝通り地図

この路地には安い居酒屋さんが沢山並んでいました。また、それ以上に大勢のソウルの学生さんが安酒求めて夜な夜な彷徨っていた薄暗い路地なんです。
23ソウルの食べ方歩き方

今では通りの名前すら変わってしまって当時の荒れ果てた親不孝通りの面影は薄れてしまっていました。「仁寺洞1街」だなんって随分とハイカラな名前になってしまっています。かつてのあの忌まわしい「親不孝通り」などどいう名前を払拭したいという行政当局や商店街の思惑なんでっしょうか。。。。
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仁寺洞側から入ってみるとあまりに殺風景な土壁の小路です。この画像は良く晴れた午前中に撮影したんですけど、夜中に街灯一つ無いこの小路には中々入る勇気は今でもありません。
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処が今回のソウル食べ歩きで覗き込んでみた親不孝通りは随分と明るくあか抜けた通りになりつつあります。お洒落なカフェやレストランがちらほらと建ち始めているんです。きっと「俺が学生だった頃この街はめっちゃくっちゃ怪しい呑み屋街だったんだぜ」なんていいながら中年おやぢが若い衆を連れてやってくるんでしょう。そう言えばこの雰囲気は錦糸町裏路地の妖怪屋付近の感じによく似ています。
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それでもまあその先には怪しげなお店が並んでいます。片側が殺風景な高い塀だから余計に再開発が遅れてしまっているんでしょう。次回のソウル旅では夕方潜入を果たしてみたいもんです。
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