モーハワイ☆コム

カテゴリー:プラン75 或いは 爺ぃの悪あがき

高齢者のぶち当たる難関苦行をセキララに綴ってまいります

明日の背中


R60★亀(亀次朗)であります。
明日新宿に出かけます。およそ三年ぶりの大都会新宿です。迷子になりそう。。。。
この記事は2019年11月08日のものです。
00IMG-1216

06HIS新宿


いつもならジャージ上下さえあれば着る物に困らない隠遁リタイヤ老人。「お町」に出かけるなんって本当に久し振りです。もうリタイヤして六年も経ってしまってネクタイの締め方すら忘れてしまった哀れな年寄りです。どんな格好していけば良いのでしょう?このTシャツなら後から見ても分かってもらえるかなあ。
01PA260021


お気に入りのトーチランのTシャツ。ファーストハワイアン銀行のロゴがキマッています。これは2008年のもの。大事にしていて普段使いには使っていません。
02PA260023


皆さん、ヌウナヌにあったハングリーライオンさんって覚えていますか?モーハワイで連載されていたのでご存じの皆さんも多いことでしょう。ボリューム満点のローカルレストランでした。亀次朗はサイミンサラダが大好きでした。
03PA260022


これ着ていけば背中側からでも亀次朗だって分かってもらえるでしょう。白髪頭に黒Tシャツ。ちょっと地味か!?
04PA260020


老人施設に入れられちゃうとヘルパーさんから「前開きのシャツにしてくださいね~」だなんって言われて、今まで大切にしていた思い出のTシャツは全て廃棄されてしまいます。そうなったらとっても悲しいから今のうちに大切にとっておいた「余所行きTシャツ」をどんどん着てしまいましょう。明日新宿で見かけたら声かけてね。
05PA260019

ハワイでサッポロ一番を作って喰う勇気


R60★亀(亀次朗)であります。
年取ってから最近ハワイ滞在中の食事はかなり簡単な物になってきました。
この記事は2019年11月04日のものです。
タイル プラン75


アラモアナ北のパゴダホテル界隈はディープなアジアンレストランが何軒もあって夕ごはんに困ることはないんですけど毎日毎日ボリュームのある料理ばかり食っていては体が参ってしまいます。最近の鶴亀老夫婦のハワイメシでは朝はホテルルームでスパムムスビかソーメン、昼は出先でプレートランチ、夜はお部屋でポケを肴にハワイビール、〆にインスタントラーメンといったかんじであります。んだからホノルル到着したらその日のうちにカヘカのドンキやパラママーケットで缶ビール、ポケ、インスタントラーメンなんかを買い込むようにしているんです。
01サッポロ一番


亀次朗の好みは「せとうち製麺本舗」の「サッポロ一番塩味」なんですけど日本からの持ち込みが出来ないんだそうです。なんでや!と怒ってみても詮無き事です。隠し持って通関しようとして没収されたりブラックリストに載せられたりしてはツマラナイから現地調達しかありません。んでも日本なら<味噌味・醤油味・塩味>なんですけどハワイのスーパーマーケットは<ビーフ・ポーク・シュリンプ>です。最初のうちは興味津々で作ってみたけど明らかに日本の「サッポロ一番」とは別物です。到着初日に大袋で買い込んでしまって滞在中毎日食い続けるという悲しい思い出があります。もう二度とハワイでサッポロ一番は買うまいと思っていてもついつい買ってしまうのは悲しい性というしかありません。
02サッポロ一番


最近の「せとうち製麺本舗」は随分と意欲的な新商品を発表しています。特に辛い系は有名な明太子屋さんとかキムチメーカーなんかとのコラボ商品も出てきて結構旨いんです。んでも何でアメリカ製のサッポロ一番はああなんだろうか?今夜はブラジルまで行って即席麺を喰わせる企画なんだそうです。そんな意欲があるならハワイでもサッポロ一番塩味を売ってくれ!と叫びたい亀次朗であります。

鶴亀家の災害備蓄品


R60★亀(亀次朗)であります。
皆さんは災害時に持ち出す非常用品を揃えていますか?
この記事は2019年10月12日のものです。
タイル プラン75


 

毎年9月頃になるとTVの通販番組なんかで緊急持ち出しのリュックなんかが登場するでしょう。懐中電灯や非常食、長期保存できるペットボトルのお水なんかが詰め込まれていて一万円以上もするのに毎年登場している処をみると結構な売り上げなんでしょう。亀次朗も見よう見まねで使っていないリュックに緊急持ち出し品をまとめてみました。手近にある品物を集めたので殆どお金はかかりませんでした。んでも所詮背負えるサイズですからたいした物は詰められません。現金、実印、着替え一回分、雨具、タオル、少量の飲料水と食料、懐中電灯などなど気休め程度です。
21災害備蓄

 

あれこれ用意しているうちに「いっそ本格的に整備しておいた方がいいんじゃないか」と考えるようになったのは今年の春過ぎでした。お亡くなりになったつる姫さまの台所を片付け始め不要品の中から使えそうな品々をピックアップしてみました。鍋釜を始め食器類、ラップやアルミフォイル、キッチンペーパーに至るまでのキッチン小物。調味料や保存食、ペットボトルの水なんかを箱買いしてひとまとめにしてみました。
22災害備蓄

 

古くなって廃棄寸前の押し入れタンスには古いタオルケット、防寒具、着替え、医療品などなど。古いけど捨てられないでいたテントやフライ、ポール類などのキャンプ用品も充実しています、亀次朗の入院前の今年7月頃までには老夫婦二人が一週間は野外生活を送れるだけの準備は完了しました。これで地震も台風も怖くありません。本気になってしっかり揃えると小さめのスチール物置イッパイのボリュームになってしまいました。
23災害備蓄

 

なんですが。。。。

今年九月の台風15号で防災備蓄倉庫は見事に転倒してしまいました。しかも倉庫の扉が下になっています。たっぷり詰め込んであるから老人の力では倉庫を引き起こすのは不可能でありました。これでは取り出す事が出来ません。後日台風が去ってから知り合いの大工さん達のお力を借りて引き起こしました。
23台風15号で東海
結局非常時には何の役にも立たなかったという情けないお話でありました。

台風一過の鎌倉異変


R60★亀(亀次朗)であります。
膝人工関節置換手術から二ヶ月経ちました。毎週一回リハビリと診察に大仏病院まで通っています。
この記事は2019年10月17日のものです。
タイル鎌倉

「亀次朗さん、個々の筋肉量はしっかりしているけど全体的に連携がとれていない。それに足首や股関節が硬すぎて膝に無理がかかっている」
っていうんです。んだから
「これやってみましょう。こういうメニューも効果的ですよ。」
とみっちりとしごかれます。気がつけば短いリハ時間に汗びっしょり。へろへろになって帰路につきます。バス停は高徳院の道路反対側にある鎌倉から西方向に向かう位置にあります。ここには観光バスの一時停車場があってひっきりなしに観光バスが離発着しています。そのため市内バスのベンチはいつも異国人に占領されてリハビリ帰りのヘロヘロ老人は立ってバスを待たねばなりません。

31P4020195

この日(10月17日)は正に異様でありました。長谷から大仏の間の道路は元々通過車両が多い所なんですが歩道からあふれたガイジン観光客どもがのそりのそりと歩くもんだから大渋滞です。狭い観光バスの待機所もほぼ満車。なのに次から次へ観光バスがやってきます。グランドスタッフ(そんな立派なもんじゃなくって配車係のおっさん)が汗びっしょりになって大型バスを誘導しています。
「えっ!予約していないの?ここは予約なしじゃ停められないよ」
そういう会話が耳に入ってきました。どうやら目的地を他の観光地から鎌倉に急遽振り替えたようです。

32台風19号箱根

突然の大災害で箱根や伊豆の観光地が大打撃を受けてしまいました。でも東京や横浜に到着して観光の予約をしていた観光客にとっても受け入れ側の業者にしても代替地を探さねば成りません。そういう意味で比較的被害が少なかった鎌倉に一時的に集中してしまっているようです。この日の鎌倉は何処に行っても大混雑。この土日に鎌倉観光の計画をお持ちの皆さん、覚悟しておいでくださいませ。
33P6011270

国際免許考-05/やっぱりハワイ島が大好物


ただ今自宅で休養中の亀治朗であります。
そろそろ仕舞い支度を考えるべきお年頃になってきました。
あと5回しかハワイでレンタカー使えないとしたら、あなたは何処に行きますか?
この記事は2019年09月のものです。
41chacks
兄さん
テーマ拝借しました
お元気ですか~?


偉そーにハワイ島の記事書いてるけど、すみませんまだ3回しか行っていません。
一回目は家族五人で出掛けたヒロ4泊コナ4泊の大旅行。(泊まりはバリカイ)
2回目は便乱女のウェディング。(泊まりはキンカメ)
既に二つともセキララハワイ日記で記事にしていますのでご記憶の方もいらっしゃるでしょう。
31ハワイ島ヒロホテル



去年3回目のハワイ島上陸を果たしました。ケアラケクアのコーヒー畑の中にある小さな自炊宿でした。
僅かな日数でありましたが、いっときとはいえ介護の事を頭の隅に追いやって目の前の夕陽を眺められ心安らぐ旅になりました。
まだ三回のハワイ島経験ですが残り少ない自分で運転するハワイを楽しむにはハワイ島は限りなく魅力をたたえて老夫婦に誘いかけて来ます。
42P5110198



この旅で新しく二軒のお宿を見つけました。日本のメディアには紹介記事が殆どなくって、HPの紹介記事も断片的な情報も得られないまま直撃的に取材を敢行してみました。両方ともとても居心地が良さそう。但しコナの南ケアラケクアから山道ぐんぐん登っていくロッジと、プウホヌアの高台の一軒家。調味料一個買い忘れてもコナまで車を走らせねばなりません。酒切らしたら狂い死にしてしまいそうな孤絶宿であります。
実はまだワイコロアとかハプナとか名だたる高級リゾートに行った事がないんです。行けばまた新しい世界が広がるかもしれないなあ。
43ハワイ島ルアナイン



でも、マウイ島、カウアイ島にも行きたいし、同じハワイ島のヒロも捨てがたい魅力があります。次回のハワイは何処に行きましょう?

限られた時間は5年間、僅か五回しか残っていません。
44ハワイ島ヘブンリィ

国際免許考-04/1993年のハワイ島ヒロ


ただ今自宅で休養中の亀治朗であります。
そろそろ仕舞い支度を考えるべきお年頃になってきました。
あと5回しかハワイでレンタカー使えないとしたら、あなたは何処に行きますか?
この記事は2019年09月のものです。
30ハワイ島ヒロホテル


なぜか日本の富士急行がハワイ島ヒロにあるホテルの窓口になっていたのは今から30年ほど前のほんのひと時でした。かねてからハワイ島ヒロ市内地での宿を探していた亀治朗は早速富士急行本社に電話したものの話が通じません。あっちこっち聞きまくってようやくプールサイドのコテージに4泊という予約を完了したのであります。
31ハワイ島ヒロホテル


場所はヒロ市街地の真ん中やや北寄り。KTA本店まで徒歩五分という好立地です。夕方涼しくなってからの街中そぞろ歩きも楽しめた宿はいつの間にかクローズしてしまっています。いい宿だったのになあ。あすこの立地を経験するとバニヤンドライブの観光ホテルには食指が伸びません。
32ハワイ島ヒロホテル2


ヒロについてはまず宿を探す事から始めましょうか。

国際免許考-03/Kauai on my memories


                           
ただ今自宅で休養中の亀治朗であります。
そろそろ仕舞い支度を考えるべきお年頃になってきました。
あと5回しかハワイでレンタカー使えないとしたら、あなたは何処に行きますか?
この記事は2019年09月のものです。
(ハイチュウさん、ごめんテーマぱくりました)


鶴亀一家がカウアイ島を訪れたのはまだ三男(現在28歳)が2歳か3歳の頃だったと思います。3人の子連れ旅ですからそれなりにお金がかかります。(当時の)ウェスティンカウアイなど夢の夢。ポイプのコンドミニアムも調べてみたけど当時の日本では高級な物件ばかりしか情報が入って来ません。(当然まだインターネットなんてなかった)

散々調べて見つけたのが東海岸カパアの小さなショッピングモール横のあるアウトリガー系のレンタルコンドミニアムでした。ステューディオの狭いベッド二つに家族五人が詰めあって眠ります。当然の結果として亀治朗は床寝となりました。
21プランテーションハレ絵はがき

22プランテーションハレ住所


しっかし楽しい旅行だった。当時まだ日本人観光客、しかも3人の子連れ旅というのは珍しかったのでしょう。あちこちのお店で可愛がってもらいました。
ハナレイの海岸沿いにチャロズというレストランがあったんです。そこのおばちゃんウェイトレスさんに随分と良くしていただいて子供達は毎日毎日チャロズに行こうと言います。もっと他の所にも行こうという親の言うことを聞きません。結果滞在中ほぼ毎日チャロズでごはんを食べてその先ケエビーチで一日中遊ぶだけの旅になったんです。結果、島の反対側にあるワイメアキャニオンには行けませんでした。

チャロズとケエビーチ以外に行ったのは到着日に食料調達にスーパーに行ったついでに立ち寄ったキロハナと(当時はまだウィスキーを買って帰る必要があったので)ウェスティンカウアイのデューティーフリーに寄っただけ。今じゃ考えられないけどデューティーフリーの店員のおばちゃんがバナナくれたり、サンゴで指先切ったのを見てバンドエイド貼ってくれたり、思えばあの頃から「おばさん世代にはモテる三兄弟」だたのでしょう。しっかしキロハナの大邸宅はすごかった。あすこでのんびり優雅にディナーなど楽しみたいものです。


そんな貧乏旅行だったのでプリンスヴィルなんて夢の夢。立ち寄ったゴルフショップで買ったニットのセーターは今でも使っています。泊まってみたいなあ。

それと
ハイチュウさんが記事で紹介していたワイメアプランテーションコテージには是非とも泊まってみたいものです。あすこならきっと快適な長逗留が出来そうな気がしています。

国際免許考-02/いつかみたマウイ


ただ今自宅で休養中の亀治朗であります。
そろそろ仕舞い支度を考えるべきお年頃になってきました。
あと5回しかハワイでレンタカー使えないとしたら、あなたは何処に行きますか?
この記事は2019年09月のものです。
タイル プラン75


40年以上も前の話ですが鶴亀夫婦の新婚旅行は北海道の安い公共の宿を泊まり歩く貧乏旅行でした。
無論その当時でも
新婚旅行=ハワイ
というのはかなり一般的だったんですが披露宴に見栄を張ってお金を使い果たしてしまったんです。その結果の道東貧乏旅。六月だというのに安宿の隙間風に凍えて炬燵の中で震えていた懐かしい思い出です。
12マウイ島1980
今は無きパンナム 今は無きジェットツアー


鶴亀夫婦が初めてハワイの地を踏んだのはそれから数年後の1980年の事でした。不幸な結果になってしまった1度目の妊娠の後しばらくの間鶴弥は放心状態が続きました。夫婦間の会話も途切れがちになって重苦しい数年が過ぎ、ようやく気持ちが前に 向き始めたものの一向に妊娠の兆しがありませんでした。
ある方から転地療法を勧められました。今まで行ったことの無い場所に行ってみよう。結婚当時周囲から散々煽られたハワイという場所がいいかもしれない。んでも、それじゃあまりにも平凡です。へそ曲がりな夫婦は初めてのハワイ旅にしてワイキキ蹴っ飛ばしてマウイ島を目指したのであります。
11マウイ島1980



鶴亀夫婦の最初のハワイ旅はホノルル空港到着すぐにカフルイ空港に飛び立ちました。しかも当時既に日本でも知られ初めてきたリゾート地カアナパリではなくマウイ島の南の外れ(当時はまだ行き止まりだった)ワイレアという場所でありました。この旅は鶴弥にとってもとても好印象だったようで今でもその時のアルバムを大切にしています。大昔のアルバムだからフィルムを剥がすともとの通りに貼り付かなくなっちゃいそうですが、いつか完全にハワイネタ切れちゃったら鶴弥の目を盗んでスキャンしようかと企んでいます。
13マウイ島1980
もうこのホテルもありません。


テーマはもう決めてあります。
「いつかみたマウイ」
(双子の母さん、ごめんテーマぱくりました)
14マウイ島1980

残り五回のハワイの一回はマウイ島で決まりかな。

国際免許考-01/あと10年で運転免許を返納します。


ただ今自宅で休養中の亀治朗であります。
そろそろ仕舞い支度を考えるべきお年頃になってきました。
この記事は2019年09月のものです。
タイル プラン75


加齢を口実に運転で歩行者を殺傷してしまう残忍な事件が後を絶ちません。
特に悪質なのは元国家公務員が池袋で起こした犯罪です。若い命を殺めておいて在宅聴取とは、日本の官憲の悪しき体質そのものではありませんか。
初期高齢者になってから右膝改修工事に踏み切ったのは身体的要因で踏み間違えを起こしてはならないという思いが強く働いています。
一方で脳の劣化は一見して分かり辛いが確実に進行しています。
亀治朗は75歳に運転免許返納を決意しました。また、それに先立って70歳になってからの国際免許証取得をしない決意をしました。
01国際免許証


しっかしここに大きな問題があります。
国際免許証取得しない70歳って五年弱しか残っていません。細々と年金暮らしをしている老夫婦にとって年一回のハワイ旅行を実現させる為にかなり日常生活を切り詰めているんです。年に2度3度ハワイに行く余裕なんってありません。
02ハーツレンタカー


つまりは、
あと五回しかレンタカーを使うハワイ旅が出来ない』んです。
では、その五回何処に行きましょう?
あなたにとって死ぬまでに行っておきたいハワイは何処でしょう?
03P5110275b

キズ者再生工事-9/無事に退院しました。


亀治朗であります。

退院の時、髭せんせえが何かを手渡してくれました。

 「コゲメシさん、これ君の前十字靭帯再建の時使った手術用のピン」
01IMG_1020


 一片が2センチ半もあるステップル(コの字形の釘)。これを足の骨に打ち込んでハムストリングから作った代用靭帯を固定してたんだ。人工関節になって、もう必要なくなっちゃったんだなあ。長かったようであっという間に過ぎたランニング生活だったけど、その後半を支えてくれた再建靭帯。このピンのおかげで充実した日々が送れました。

死んだら一緒に焼いてもらおう。
02IMG_1021


この記事は2019年08月29日のものです。

前十字靭帯断裂したのが2003年末ころ。再建手術は2004年の2月ころ。丁度その頃しゅんさんの「べし-1」が出版されました。同じ頃KAIがアラモアナ北にデビュー。2004年のホノルルマラソンの画像を何枚か引きずり出してみました。

03P1010035

これまでいくつかの怪我や病気を経験してきました。左肩剥離骨折から始まって右膝前十字靭帯断裂、自己免疫性肝炎、左膝前十字靭帯損傷、冠攣縮性心筋症。。。随分と経験しました。更に、肥満、加齢、練習不足、不摂生が追い討ちをかけます。正常な部分の脳みそはもうとっくに「走るのはもう無理かな」と悟っていながらも奥底には「せめてキロ8分でもいいから、たった1kmでもいいから走りたい」という欲望が消えた事はありませんでした。

前十字靭帯再建手術した時には、退院後きっと走れるようになれるという漠然とした期待が持てていました。事実前十字靭帯再建後に(低レベルな市民ランナーだけど)自分なりに自己ベスト更新出来た時の達成感は忘れられない思い出です。

04P1010042

しかし今回の人工関節置換手術ではその先に待っている世界は全く違うものなんです。ゴルフ、テニス、ハイキングなどは体力が伴ってくれば無理のない程度に運動が可能なんだそうです。んが、ランニングのように継続して同じ場所に圧力をかけ続ける行為は新しく装着した人工関節のクッション材をピンポイントに破壊する恐れがあるんです。現状のクッション材の耐用度は1日6000歩の歩行で15年から20年なんだそうです。ランニングではその数倍の圧力がかかってくるので現状のクッション材では保証出来ないというのです。
この事はもう何年も前から知っていました。この手術したら走れなくなる。義母の介護を言い訳にしてずっと手術を逃げ回ってきたのは亀治朗のランニングに対する未練以外の何物でもありません。

05KICX0117

手術が終わり病院のベッドでじっとしていると自分が踏ん張って走っていた時代を思い出してしまいます。低レベルで決して自慢など出来ようもないランナーもどきでしたが楽しかった。大勢の仲間が出来て世界が広がりました。

 もう走れなくなったんだ。

違う何かを始めるにはまだしばらくは時間がかかると思います。ゆっくりと考えてみようかな。

長々と続けてきた今回の「キズ者」シリーズはこれでおしまいにしようと思います。くだらん話にお付き合いくださってありがとうございました。

06KICX0111

最後にお願いがあります。

今年のホノルルマラソンに参加の皆さん。

亀治朗がひょっこりと応援に顔だしたら笑って受け入れていただけませんか。もう決して同じスタートには立てないけど、あの気持ちに触れる事が出来たら嬉しいです。