R60★亀(亀次朗)であります。
「語り部バス」に乗るのが目的で南三陸志津川ホテル観洋に行ってきました。
この記事は2018年(平成30年)2月21日のものです。
タイル湯あたり軍団

記憶というものは何と脆い物なのでしょう。あれほどの大震災、あれほどの大被害からまだ10年も経っていないというのに、土建オリンピックだの心臓小学校だのお友達学校だのと世の中はあらぬ方向に走り続けています。仙台から志津川町、更には観洋ホテルまでの道すがらにはまだまだ手付かずの荒れ地が数多く残されていました。物理的な復興だけではなく被災された皆さんの心の奥底にある封印された傷跡の深さは我々には計り知れない重さがずっと残っているのでしょう。
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ホテル観洋では毎朝朝食後に「語り部バス」を運行しています。ホテル滞在者のうち希望者のみ会費500円という設定です。
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バスはホテルを出て志津川町のあちこちを回ってくださいます。復興の槌音の響く港湾地帯や公共施設だけではなく、まだまだ手付かずの荒れ地のような住宅地、小学校校庭にひっそりと佇む災害復興住宅。案内をしてくださるのはホテルの従業員さん。ご自身の被災体験を交えて淡々と説明してくださいました。
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かつて無用の長物などと言われ続けた旧堤防は一瞬にして津波に飲み込まれてしまいました。今建設されているのはそれ以上の高さまで積み上げられた新堤防。ですが大自然の底知れない力にあがらうには無力な抵抗に過ぎないのかもしれません。
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既に多くの建物が解体されてしまいましたが幾つか解体前の建物に案内していただきました。この建物では当時大きなイヴェントが行われていて大勢の皆さんがあわや津波の犠牲になる処でした。機転を利かせたスタッフの誘導で屋上に避難し極寒の一晩を耐え抜いて無事全員が救助されたそうです。
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町の防災庁舎は県の所有になってしまって近くに寄る事が出来なくなってしまっていました。200m程離れた場所から献花させていただきました。
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