R60★亀(亀次朗)であります。
還暦を過ぎ断捨離を始めようと思い立ちました。部屋の片隅で埋もれていた思い入れの深い物たちに最後の光を浴びさせてみましょう。
この記事は2018年(平成30年)4月2日のものです。
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【注】「断捨離」を書くにあたって再読しています。亀次朗自身にとっては読み納めになります。思い出したように突然アップしますがご了承ください。

韓国の食をイメージする色といったら唐辛子レッドでしょう。書店の片隅で鮮烈に鮮やかな紅色の表紙に怖い物見たさの好奇心で手にした一冊のソウル本は紛れもなく「路地裏メシ」「マッコリ浸し胃袋」の一冊でありました。
01ソウルの食べ方歩き方

当時の亀次朗はハワイよりもソウル漬けだったんです。発行日を見ますと2002年とあります。まだモーハワイにデビューする二年前、「亀足」と名乗っていた頃に手に入れ「ソウル街歩きのバイブル」として何度も何度も読み返した思い出深い一冊であります。
02ソウルの食べ方歩き方

目次を見渡しても観光名所の記載は全くありません。明洞とか東大門とか仁寺洞とかの名前はあるけれども、その外れにある路地を入った薄汚れた安食堂街がこの本のテーマなんです。
03ソウルの食べ方歩き方

著者が眼と足と胃袋でさ迷い歩いたソウルの街並みを追体験してみましょう。どろどろに酔っぱらって何度となく二日酔いにまみれた筆者のほろ苦くもほほえましい旅の軌跡です。この地図だけみると我々観光客でも比較的行きやすい地下鉄沿線が多いのも嬉しいです。この本を片手にソウル深層部を歩いてみるのも面白いかもしれません。
04ソウルの食べ方歩き方

例えばこんな記事。鍾路のビジネス街の真裏にある迷路のような食堂街。ここに憧れて鍾路三街の安ホテルを定宿にしていた時期がありました。
07ソウルの食べ方歩き方

南大門からソウル駅に近道しようとすると現れる怪しい路地裏も地方から夜汽車で上京してきたおっさんが初めて目にする大都会ソウルで床屋に駆け込む一帯だったのでしょう。田舎を懐かしんでソウル駅の近くでソジュをあおる姿は「嗚呼上野駅」を彷彿させ涙無くては語れません。
05ソウルの食べ方歩き方

今をときめくリデだってちょっと外せば穴倉のような屋台メシ屋台が並んだ市場があります。マッコリ片手に蛸キムチをつつきましょうや。
06ソウルの食べ方歩き方

当時一番気に入っていたのが定宿鍾路三街ドロスホテルからタプコル公園を抜けて仁寺洞に入る手前の「親不孝通り」。二人並ぶと肩がぶつかりそうになる狭い路地に怪しい学生居酒屋が軒を並べていたんです。
07ソウルの食べ方歩き方

舗装などされていないでこぼこな裏路地は雨が降ると水たまりとぬかるみで一層悲惨な状況になります。それでも親不孝どもは夜な夜なダイナマイト酒をあおり夜空に雄たけびを上げまくっていたのであります。
09ソウルの食べ方歩き方

定宿ドロスホテルが廃業してからソウルには足が遠のいてしまいました。久し振りにタプコル公園に行ったついでに覗いてみたら看板が掛け変わっているではありませんか!「仁寺洞1街」!?通りの名前まで変わってしまっています。
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通りに入った処にある安食堂の看板の値段も随分と値上がりしています。あの当時は2500wとか3000wで鯖定食やスンドゥブが喰えたんです。
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驚いた事に路地裏の店が明るくあか抜けて随分とお洒落なお店ばかりになってしまっています。
こんなんじゃなかった!
亀足の脳裏にある親不孝通りは悲しく寂しくその裏返しに今宵を精一杯呑み狂う貧乏学生の溜まり場だったんです。

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考えてみれば亀足時代から早や15年以上経過しています。でこぼこだった薄汚い路地も綺麗に色煉瓦が敷き詰められています。今の時代、五年ひと昔と云うではありませんか。三昔も前の記憶で今のソウルを語るのには無理があり過ぎます。
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それでもソウルの奥深くにはまだまだ見知らぬおやぢ酒場がひっそりと存在しているのでしょう。そんなソウル食べ歩きを再開してみたいものです。
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