モーハワイ☆コム

アーカイブ: 2009年4月

I dreamed a dream




突然ですが
私はミュージカルを観るのが好きです。

今はそんな娯楽はこの近辺にないので無理ですが
昔は滞在したところでミュージカルを楽しむということを
してました。(贅沢なことですね・・・)

特に好きなミュージカルは
レ・ミゼラブル
日本はもちろん、ニューヨーク、イギリス、オランダで
観るほどのファンであります。
ライブ・テープなんかも持ってたりします。(昔、購入したやつね)

そして
今日、久しぶりに友人とウォーキングした時に
話題になった主役は
Susan Boyle
もうyoutubeでは注目の的だし、日本の国営放送でも
ニュースに出たくらいなので世界的に話題の彼女ですね。
最初見た時は涙なしでは見られなくらい感動しました。
その彼女が歌った曲が
「I dreamed a dream」
レ・ミゼラブルでファンティーヌ役の人が歌う曲。

この話はあるTV番組でのこと・・・
アメリカンアイドルのイギリスバージョンとでもいうのでしょうか!?
-Britains Got Talent 2009-
彼女が出てきた時の会場の雰囲気はちょっと批判的、
でも彼女が歌い出すと、誰もが彼女の歌声に引き込まれます。
彼女の歌でどれだけの人が勇気づけられたことでしょう〜

まだの方はぜひ見てください。
http://www.youtube.com/watch?v=9lp0IWv8QZY きっともっと見たくなります・・・

Memorial Tshirts



大切なものを着る派?
それともとっておく派?

 
今年のメリーモナークTシャツを
引き出しにしまおうとした時に
久しぶりに昔のTシャツを出して
陰干してみました。

私が持っている「メリーモナーク・メモリアルTシャツ」は
1998年から。
ほぼ私たちがハワイに住み始めた時と一緒の歴史になります。

といっても、練習の時にあまり着るフラシスターも見かけなかったし
私自身も普段着ではあまり着る機会がありません。
それでも2000年と2001年のTシャツはよく着てました。(パジャマ代わりに・・・)
それからはMyコレクションとして大切にしまっております。
が、よ〜く見たら自分が出場した年のものもちゃかり着用した形跡が・・・

このメモリアル・Tシャツはハワイ島(本店はヒロ??)にある
Creative Arts Hawaii」という会社が作っています。
近年は半そでTシャツ以外にも長そでやタンクトップ、トレーナー、バッグなども
販売しています。
よく見ると私は半分くらい長そで、トレーナーも1枚持っています。
長そで派です!(肌寒い時に便利!?)

ここ10年くらいのコレクションしかありませんが
その中でも唯一、レイととマイレレイの2本のレイの
デザインがしてある2003年のTシャツが特にお気に入り。

Fun time




今日は息子の学校のエクスカージョン。
一緒に参加してきました。
(いつも生徒の家族がボランティアとして参加します)

行き先は
Kona Historical Society」の見学と
ポルトガル・ブレッド作りの体験。
(ちょうど今、学校ではポルトガルについて学んでいるそうです)


学校Tシャツを着た子供たちはパートナー&大人1人と手をつないで
学校から歩いて見学場所に向います。
今日は警察官がサポートしてくれました。
学校から歩いて5分くらいのところですが
「あっビックトラックだぁ」とか
「あの木、面白い形してる」なんて
ぺちゃくちゃおしゃべりしながらのんびり歩いて行くので
20分かかってやっと到着。






2つのグループに分かれて見学開始。



息子のグループは

 ポルトガル・ブレッド作り体験から 



パンが出来上がるまでの説明を聞いたあと
あらかじめ第1発酵させてあった生地を
まるめながら形を整える作業に挑戦。



大小さまざまなかたちが出来上がり
それをお皿にまとめて第2発酵へ。
それからかまどへ入れて焼きます。
焼きあがるまではあと1時間くらいかかるらしい
〜待ちどおしいよぉ〜





その次
「Kona Historical Society」の見学



建物の中は1890年代、
実際にコナ(厳密にはキャプテンクックあたり)にあった
ジェネラル・ストアを再現して作られています。
(この近辺でいうとOhshima Storeを小さくしたものみたいと説明があり)

その時代は物々交換で店の品物を購入できたそうです。
トレードショッピング・・・
たとえば、コーヒー豆100パンド(約麻布1袋分)は$10。
小ヤギの皮5・6枚が$6.80。
ラウハラ・ハット$1。 (え〜たったの)
それらを持ってきて、その価格相当のものと引き換えに品物をゲット。

お店には食べものをはじめ洋服、馬の鞍、農具、おもちゃetc…
あらゆるものが売っています。
またポストオフィスも担っていたそうです。
その頃は切手6セント(封筒)。

そしてガイドのアンティと一緒に
ちょっとしたお買い物ごっこをしてみました・・・



当時価格で
長袖のメンズシャツ$3
女性用ハーフブーツ(柔らかい皮 with ボタン)$6.80。
男性用靴$2.80。
砂糖(コハラで作られていた)小袋$6。
農具の釜$3。・・・・

子供より大人が面白かったりして・・・(実際、楽しかった


ピクニック気分でランチを食べたあと

〜やっとポルトガル・ブレッドの出来上がり〜
と、おもったらこれは売り物の方。どうりできれいなかたち・・



子供たちが作ったのはこれからかまどに入れるというので
学校に帰って待つことに・・・・

どんなかたちのパンが出来上がることやら・・・・
すぐに見れないのが残念・・・

実は


昔、パン屋さんになるのが夢だった
パン好きの私は、
かまどからくるおいしそうな焼き立てのパンの匂いに
メロメロになってしまいました。



これまで出来る限り
学校のエクスカージョンのボランティアに参加してきましたが
今回が1番おもしろかったです。


 オーダーしたパン($7)はあした手元に届きま〜す。楽しみ


ちなみにこのようなツアーを体験できるのでHPでチェック!(名前のところをクリック)

Huaka'i-'elua





Kimo Henderson's houseをあとにした私たちは、
さらにマウカ方面に上がり

Wai'ale Falls」を見学。

こんなすごい滝があるなんて知らなかったぁ〜
「もう早く言ってよぉ〜」っていう気分・・・

ザァ〜ザァ〜流れる様は、見ていて吸い込まれそうなくらい
”いやなことをどんどん流してくれる”って感じで気持ちいい。

よく見ると、横の水溜りのところで
地元の人が水遊びしていました。
(が、流れが急なのでツーリストはやめましょう〜



この滝の水は
「Wailuku River」へと
続いているんだって・・・



これでフアカイの話はおしまい。

きのう長く書いて疲れちゃったので
今日はこの辺で・・・

A hui hou 

Kimo o ka uka 'iu'iu he inoa



フアカイ(Huaka'i)とはハワイ語で旅。

〜Mele Huaka'i〜
フラのメレ(曲)の舞台になっているところや
関連のある場所を訪れて、深くそのメレについて理解すること
そしてその場所のすべてを実際に「感じる」こと





数ヶ月前

私は、最初の練習曲に
Kimo Hula」を
選びました。
理由は
なぜか?前からこの曲に愛着をもっていたのと
ひそかに自分の振り付けで踊ってみたいと思っていたから・・・

◆曲の内容を簡単に言うと作者Helen Desha BeamerがKimoさん宅に
招かれた時に、とても温かいホスピタリー溢れる歓迎をしてくれたことに感謝して
彼と彼の奥さん(Leimakani)に贈った歌◆


そこで日本の仲間たちが
メリーモナークに来るというGood チャンスがあるので
私は、「Kimo Hula」の フアカイをやろうと決め、
早速、準備にとりかかることに・・・。


まずは、まだ建物があるかどうか心配だったので
ヒロに住む友人に「Kimo Henderson's House」の場所や
地域について調べてもらうことを依頼。仕事の早い彼女はすぐに
調査とロケーションの下見をしてくれました。(頼もしい〜)


そして、全員にメールで歌詞&英語訳を送り、
このメレについての翻訳、リサーチすることを課題に出し、
日本でのレッスンの時に、各自がリサーチしたことを話し合い
曲の作者の意図することを確認しながら、
歌詞内容をひとつひとつ理解し、場所の雰囲気をイメージする
ことを行いました。




さぁ、フアカイ当日。

ヒロのダウンタウンから車でマウカサイドに上がること10分。
そこに「Kimo Henderson's House」が建っている
「Pi'ihonua」という地域があります。
住宅が並ぶメインロードから細いドライブウエィを入って
さらに奥へ行くと・・・キモさん宅があります。
すごい山奥を想像していましたが、そんな感じではありません。
でもとても静かなところです。

曲を思い出しながら、あとは写真でどうぞ!





ここが Kimo Henderson's house
左側に見えるのがモアニケアラと呼ばれていた家。
今は誰も住んでいません。
古くなって壊れているところもあってちょっと危険。





反対側から見た家。曲が翻訳されたのが1953年なので
少なくても60年以上は経っているはず・・・





歌詞には-家のまわりには花園があって、きれいな花が飾られて咲いていた。
イイヴィたちがその花のおいしい蜜を吸いに来ていた-

とありますが、その面影はあまり見えず・・・





家の入り口に咲いていたクチナシの花(ガーデニア)は今もここに・・・良い香りで迎えてくれました。





驚くことに、まわりに竹やぶがたくさんあります






キモさんに敬意を表して心を込めて踊ってみました




そして
みんなでお祈りをして
キモさん宅をあとにしました。
短い時間でしたが、この場所を訪れ
昔にさかのぼり、
キモさんたちが生活していた同じ時間を
共有できたような気持ちになりました。

「キモさん、ありがとう!」


最後に、場所のリサーチをしてもらった友人から
とってもいい話を聞きました。
彼女の同じ職場で働く人の家族が
昔、キモさんの会社で働いていた時のこと。

キモさんは「ハック・フィールド・シュガーミル」という会社で
働いていました。その後「ヒロ・シュガーミル」という会社の
オーナーになり、また、ハワイのエレクトリック会社のHelcoでもマネージャーもしていました。
そして、いつもキモさんと奥さんはその職場の人たちを
家に招いてパーティーをやっていたそうです。
またクリスマスパーティーの時には
子供たち全員にクリスマスプレゼントをくれたそうです。

キモさんの人柄が感じられる話・・・
そんなキモさんはみんなに愛されていたんでしょうね。


トップの写真はKazue Kurebayashiさんのものを使用させていただきました。Mahalo

After the MMF 2009



行きに見たマウナケア(at 5:40pm)間に合うかかなりあせっている時・・

月曜日。

いろいろあったMMF09の観戦も済み、
きのう、早々とコナに帰ってきました。
まさしく祭りのあとような気持ち・・・

今回は短かいヒロ滞在なので
時間刻みのスケジュールでしたが
「メリーモナーク・マジック」にかかれば
盛り上がるヒロの街&大会を充分堪能できます。


ビッグアイランドのPa'u Riders

さらに今年は
会場での演技を観ながら
どきどきしたり、笑ったり、時には涙したり・・と 

喜怒哀楽のある観戦だったため心身ともにぐったり・・・
また、大会を観て友人宅(いつも宿泊させていただいている)に帰れば
長く話し込んでしまったりと、普段の半分の睡眠時間でしたが
とても楽しく、内容の濃い時間を過ごすことができました・・・

大会の結果はここ
今年の印象は「Tradition」。
ハーラウの個性を出しながらも
フラの歴史を感じさせる演出が
印象に残りました。
どこも素晴らしいプレゼンテーションばかりでした。

我家に帰って
HDDに録画したものを見ていますが・・・
同じ演技なのに、実際会場で感じたものと
TVで見る感じの違いに驚いております。
やはり会場で観るのが一番ですね・・・

最後に
MCのキモさんの言葉のように
「ランゲージ、カルチャー、フラ」はハワイに息づくアート(Living Arts)。
ハワイならではの芸術、大切にしていきたいです。

そして来年は
もっとたくさんのダンサーたちがステージの上で踊れるように
経済が良くなることを願います。



ヒロからの帰りにサドルロードから見たマウナケア(at 7:30am)頂上の雪がきれい見れた・・・

 

Miss Aloha Hula



おはようございます。

昨夜は、久しぶりにゆっくりと
そしていつもより夜更かしして
TVで「ミスアロハフラ」を堪能しました。
KITVによると、今年から放送画像がよくなったそうで、
ちょっと雰囲気の違った感じもしました。


見ごたえありましたね。
カヒコでは、またまたハワイ語の大切さを感じさせらました。
出場するミスたちの語るオリが年々長くなって、しかもみんな上手い。
アウアナは昔のスタイルを彷彿させるコスチュームや髪型が
意外と新鮮でした。

そしてミスアロハフラ2009に輝いたのは「Cherissa」。オメデトウ!!
クム・ケアリィが涙する姿におもわずグッときて、もらい泣き・・・
ハーラウがメリーモナークに出場することを願っていた
クム・ケアリィと彼女のおばぁさん(昨年、急に亡くなったそうです)に贈る
カヒコ、アウアナはまさしく、そのメレ、場所、クプナに
”Connection”して、とてもやさしい気持ちになりました。(アロハだったよね〜

そしてうれしかったことは
久しぶりにコメンテイターとしてクム、マヌ・ボイドが復活したこと(もしかして今年だけ??)
私は演技の間に、それぞれのメレや踊りについてアンティ・プアとマヌが語る
短いコメントが好き、勉強になります。


TVで見るMMFは、
ダンサーの表情やコスチュームのディーテールがよくわかってGoodだけど

やっぱり

踊りの緊迫感やミュージシャンの歌声、会場に漂う花の香りが
恋しくなりました。

今夜は「カヒコ」(古典フラ)
マイレやティリーフなどのグリーンの植物の香りが会場いっぱいになります。
きっと赤や黄色のレフアの花もいっぱい・・・

私は午後からハーラウの応援にヒロにむかいます。
間に合うといいなぁ〜

A hui hou 

MMF



今日から「メリーモナーク・フェスティバル」の
フラコンペティションがはじまります。

初日は「Miss Aloha Hula
ソロ部門です。

もうご存知の方は多いでしょうが、
年齢は18歳〜26歳(だっけ??)の結婚していない、子供を産んでいない
「Miss」でなければ出場資格がありません。
あ、それにレベルの高いフラの技術が必要ですね。
また、個人的には「ある程度の気の強さ」もないと、
いろいろなプレッシャーを乗り越えられないとおもいます。
小さい頃からフラをやっているダンサー達は
この「ミスアロハフラ」に出場することは夢のひとつで、誇りだそうです。

そこで、毎年おもうんだけど、
「ミス」はあって
なぜ? 「ミスター」はないのだろうか
ケイキの大会や他の大会にはあったりするのに・・・

大昔では、フラは男性が踊るものだったし、
今やカネ・ダンサーが注目され人気があるようだし、
「ミスター」というネーミングはちょとしっくりしないので
「マスターアロハフラ」というのはどうでしょうか?
カネ部門があれば、もっと盛り上がるはず・・・なんて


冗談はさておき
今夜の「ミスアロハフラ」
私は家でTV観戦です。

そしてあす、
大会観戦にヒロ入りしま〜す。

がんばれ!みんな



これは2002年ミスアロハフラのマリア(個人的には彼女の素直な踊りが好き)写りが悪くてすみません
トップの写真は2002年のカヒコ(アンクル・ジョニーのハラウかな??)

I mua -'elua



きのうの続き・・・

以前のブログにも書きましたが
十数年前、私は日本でフラを教えていました。


それからハワイのハーラウに入り、クムの仕事を傍らで見て
「教えることの深さ、大変さ」を身にしみて感じ、
また、以前のクムは日本人に対してすごく慎重だったので
「簡単にフラを教えてはいけないんだ」とかたくなに思っていました。


〜そして時は流れ、日本に大きなフラブームがやってきて、
ハワイでも大きな影響が見られるようになり〜

私のまわりも少しずつ変化が・・・


2年前くらいから
ありがたいことに、「日本でフラを教えてはどう??」という
お話をいくつかいただきはじめました。
その時はメリーモナーク関連の余波だとおもい軽く流していましたが・・・。
(すみません


そして去年のはじめ頃、
某ツアー会社から
「ハワイで日本人のツーリストに日本語でフラを教えてほしい」という
仕事のオファーをいただきました。
ちょうどこの時の私は、「これからどのようにフラをやっていこうか」と
大きな壁にぶつかって悩んでいました。
このモーハのブログも中断していたし・・・
なのでクムから正式なGoサインがでて、この仕事を通して何か新しい方向が
見つかるかもしれない・・・なんて期待していたのです・・・

が 

ハワイの景気の悪化とともに、ツーリストの数も減りこの話はペンディング。

すでに「教える」ということに気持ちが傾いていた私はかなりのショック


そんな時、

昔から私を応援してくれているフラ・フレンドからメールが届きました。
メールの内容は「今のハーラウをやめるのでこれから私にフラを教えてほしい」と
いうものでした。

「きっとこれは何かの縁」だとおもいました。

「フラを通して私がやりたいものが見つかる」かも・・と。

そして、数年前に自らハーラウを開いた友人のクムフラに相談してみると、
「教えるということは、もうハーラウの中のいち生徒でいてはだめだよ。
それに曲の振り付けや衣装、すべて自分で考えなくてはいけないんだからね。
気持ちを切り替えないとね」と言われました。

ハーラウから遠ざかること・・・
私にとっては、それは大きな決断でした。


でもあとは前を向いてやるしかない。
パートナーである友人と可能性があるかよく話し合い、リサーチし、
「教える」心構えと気持ちが固まった数ヵ月後、クムに報告しました。
これが1番大事で肝心なこと、どんな返事がくるかドキドキでした。

クムからは
「あなたが私やハーラウ、ハワイで学んだたくさんのアロハを
日本の人たちにシェアすることはいいことだと思う。
何かあったらいつでも助けるから言ってね」という
ありがたい言葉をいただきました。

そしてこの春。

クラスオープンのブレッシング・セレモニーも済み、
日本に住むパートナーとともクラスをスタートいたしました。
この他にも、なかなか決断できない私の背中を「前へ」と押してくれた
いろいろな出来事がありました。
ありがとう!
今、振り返れば、きっとこの時だったんだなぁとおもいます。
そして安心できるパートナーと”待っていてくれる人たちがいる”ことが
私の強い励みです。


「あなたにはあなたしかできないKuleana(責任)ある。それをしっかりやること」
クムから言われたこの言葉を忘れず、
できることをひとつずつやっていきたいとおもいます。

      

I mua



春は旅立ちの時。

まぁここハワイにいてはあまり四季に左右されることはないけど

今年は忘れられない「」in Japan となりました。

それはまさしく

私にとっての旅立ち=スタートです。



それは

再び、日本でフラを教えることになりました。


「またぁ”今のフラブーム”に乗って〜」と言われてしまうかもしれませんが

実はここまでにはいろいろな経緯があるんです。

でもここ第2の故郷は離れませんよ。



とりあえず、一歩、踏み出しました。

この話はまたあした。