編集長へなちょこ・しゅんが語るハワイの歴史
編集長へなちょこ・しゅんの本「行くべしオアフ島、見るべしオアフ島」の中で、まったく個人的興味から書いてしまった歴史のコーナーに予想以上の反響がありました。「けっこうおもしろかった」「もっと知りたい」 etc.....そうか、じゃあ、もっと書いちゃおう、ということで唐突に始めてしまったコーナーです。個人的見解が入りまくってるコーナーですのであらかじめご了承くださいまし。元祖ハワイタイムマシーンはこちら▼
  <19>  パールハーバー
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経済封鎖により、窮地に追い込まれたドイツは、1933年に国際連盟を脱退。1938年にオーストリア、1939年にチェコスロバキアを併合しました。同じ年、ポーランドに侵攻したところで、イギリスとフランスがドイツに宣戦布告します。調子に乗るな!というわけです。
が、ドイツはめちゃくちゃ強かった。1940年にパリを抑えると、ロンドンを空爆します。イギリスはたまらずにアメリカに泣きつきました。が、アメリカ世論は戦争反対一色でした。
アメリカ世論は反戦なのに、なぜアメリカは日本と、そしてヨーロッパで戦争することになったのか。

この当時、アメリカの大統領はルーズベルトです。日露戦争時に日本を助けてくれたルーズベルトは共和党でしたが、このルーズベルトは民主党でした。戦後もそうですが、共和党は親日、民主党は反日(日米経済摩擦で騒いでるときは必ず民主党)です。
左は当時の日本勢力範囲です。経済封鎖の突破口を求め、中国大陸を侵攻していました。

1941年、アメリカは日本への石油輸出を禁止します。日本はさらに窮地に追い込まれます。どう考えても、当時のアメリカは日本を追い詰めています。

歴史の教科書に「ABCD包囲網」というのが出てきます。
A(アメリカ)
B(ブリティッシュ=イギリス)
C(チャイナ=中国)
D(ダッチ=オランダ)
大東亜戦争が侵略戦争だというなら、この包囲網はなんなのか。
一度は戦争すべし、と傾いた日本ですが、天皇陛下と東条首相が動いて、戦争回避へ落ち着きます。その様子がわかる本です。
題名■陸軍省軍務局と日米開戦
版元■中央公論
著者■保阪正康
その日本へ、民主党アメリカは、無理難題を並べた「ハルノート」を送りつけてきました。分かりやすくいえば、大陸に出てきてる日本人は日本へ帰れ!という内容でした。これは事実上の宣戦布告やと思うのはボクだけでしょうか。
アメリカ世論は反戦一色。日本も戦争はしたくなかった。なのに、どうして民主党アメリカは、日本を追い詰めたのでしょうか。

ちなみに、ドイツに追い込まれていたイギリスとソ連(1941年独ソ開戦)はアメリカの参戦を心待ちにしていました。
イギリスやソ連が望んでいたとしても、それに応えるかどうかを決めるのはアメリカの意志です。
当時のアメリカ指導層は、世論をひっくり返してでも参戦したかったようです。で、
「イギリスのチャーチルが実はすんごい策略家で、アメリカはそれにはまった」とか、
「ルーズベルトは実は共産主義者だった」
とか、いろんな説?噂?が出ることになりました。いやしかし、実際はどうやったんでしょうね。
日本は開戦を決意し、アメリカに宣戦布告します。そして、宣戦布告と同時に、ハワイオアフ島とマレー半島を攻撃する作戦を発動しました。当時の状況を、わりと冷静にレポートしてあります。
題名■PEARL HARBOR
版元■CASSEL
著者■H.P.WILLMOTT
1941年12月7日(日本時間12月8日)
何故か日本の宣戦布告はアメリカに伝わらず、しかも、日本海軍を目撃したオランダの潜水艦がなぞの沈没をしたりして、日本の奇襲攻撃は大成功しました。左は当日の爆撃空路です。真珠湾の海軍に対する爆撃だけが有名ですが、スコーフィールドやカネオヘの基地も爆撃しています。

ちなみに、オランダの潜水艦を撃沈したのは日本軍ではありません。誰がやったんでしょうねえ。

真珠湾には軍艦8隻ほか、駆逐艦などがたくさん停泊していました。が、軍艦はどれも旧型で、空母も停泊していませんでした。

それから、真珠湾攻撃は大成功したように思われてますけど、たとえば戦艦で再起不能となったのは、アリゾナだけです。ほかの軍艦は修理され、あとで前線に復帰しています。

真珠湾攻撃により、アメリカ世論は一気に開戦へと動きました。「リメンバー・パールハーバー」です。ちなみに、アメリカのリメンバーシリーズです。
リメンバー・アラモはこちら▼
リメンバー・メインはこちら▼

この流れから、リメンバー911を思い出してしまうのはボクだけでしょうかね。

戦争を始めてしまったアメリカと日本の間で、苦しむ人々の姿がありました。日系人大場さんが、かつて語ってくれたことがあります。
「1941年、12月 7日、真珠湾攻撃を アイエアの家から見た。零戦が頭上を飛んでいった。その時、アメリカ中の日系人が敵になってしまった。顔は日本人だが、心はアメリカ人なのに」
今回、ちょっと長くなりすぎてますけど、もうひとつリンクをはっておきます。真珠湾攻撃の日までオアフ島で偵察活動をしていた日本人外交官がいました。偵察活動をしていたお店は今もあります。
夏の家の記事へ▼
真珠湾攻撃は、そんなに遠い昔の話ではないんですよね。
日本の勢力範囲です。石油もないのに、こんなに広がってしまったら先は見えています。

このあと行われるミッドウェー海戦以降、日本は攻められっぱなしの戦争を続けることになります。日清戦争、日露戦争で、あんなに現実的に戦っていた国だったのに....。

.................つづく
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