 |
カラカウアがハワイ国王に立候補すると、カメハメハ4世の未亡人エンマも立候補しました。どの本を読んでも、自分から進んで、ではなく、周囲からかつがれて、と書かれています。彼女をかついだのは、選挙権をもたないハワイアンたちでした(写真はカメハメハ・スクールが出してるカラカウア王の本から) |
 |
選挙はカラカウアの勝ちでした。
1874年、カラカウア王即位。
カラカウアといえば誰からも親しまれているイメージですが、この選挙でエンマが負けると暴動が起きています。暴動を起こしたのは、ハワイアンたちでした。ハワイアンが求めたのはカメハメハの家系の王だった、ということでしょうか。ちなみに、このとき、オアフ島知事はジョン・ドミニス、ハワイ王国外務長官はチャールズ・ビショップです。役者が揃ってきた感じです。 |
 |
ハワイアンが暴動を起こしたことは、カメハメハ・スクールが出してる王族の本には書かれてません。いろいろあるんでしょうな。確かに、簡単に説明できなさそうですが。
おせっかいをひとつ。このシリーズで、5世とカラカウアの本の色がかなり似ております。買う場合はご注意ください。ぼーっとしてると間違えます(それはワシ・涙) |
 |
さてさて、カラカウア王といえば、フラを復活させた王として有名です。キリスト宣教師団に禁止されて以降、フラは人々の生活の中でひっそりと語り継がれる存在でした。ハワイの文化・伝統を何よりも大切に考えるカラカウアが、フラのこの悲しい状況をほおっておくわけがありません。で、王様の一声で復活!となります。じゃあ、それはいつだったのか?と疑問に思ってしまいました。 |
 |
ダイスケくんに聞いたり、いくつかの記録を調べました。フラ復活のきっかけはイオラニ宮殿での式典でハワイ・ポノイを演奏したとき、なのだそうです。ハワイ・ポノイに歌詞をつけて発表したのが1878年。いや、1882年とか、1885年って書いてあるものもあります。わからん。ご存知の方がいらっしゃいましたら教えてくださいまし(写真はカメハメハ・スクールが出してるカラカウア王の本から) |
| ※ちなみに書いておきます。追加情報をいただけた場合、このようなグレーの欄を設けて記事に追加記載しております。いただいた情報は大事に使わせていただいております。ありがとうございます。 |