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太平洋進出中のアメリカに軍港を与えるかわりに、砂糖の関税をなくしてもらう、という取引です。そして選ばれたのがパールハーバー(真珠湾)でした。なんちゅう取引やねん! もちろんハワイアンは反対しました。製糖業なんて、元を正せば、アメリカからやってきたアメリカ人の商売です。なぜそんなものとハワイの土地を交換せねばならぬのか! |
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この話が進んだのはカメハメハ5世のころです。5世の時代、1872年にスコーフィールドというアメリカの将軍がパールハーバーを視察にきています。5世は、製糖業者の接待におぼれていたという記録があるので、残念ながら推進派だったと思われます。
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カメハメハ5世の後継者がいないため、次の王は選挙で決められました。1873年ルナリロ王即位。ルナリロ王の内閣は、5世のときとはがらりと変わって、アメリカ人でかためられていました。そして、「アメリカ軍の真珠湾使用」と「ハワイ産砂糖の無関税」の取引が締結されます。あーあ、やっちゃったよ。ルナリロ王は、この取引のためだけに王になったような印象を受けます。だって、翌年、亡くなってしまうからです。1874年、ルナリロ王永眠。
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宗教家Bさんから再びメールをいただきました。
--------「アメリカ軍の真珠湾使用」と「ハワイ産砂糖の無関税」の相互条約はルナリロ王時代に出されたものですが、実際に稼動しはじめたのはカラカウア王の時代になってからのことです------ ううむ、確かにそうでした。ありがとうございます。カラカウアは、王になってすぐアメリカへ渡りますが、この条約を推進するためです。別にルナリロ王だけがやっちゃったわけじゃなくて、これはハワイの王室の責任ってことですな。複雑な気持ちになったりして。 |
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無関税となったことで、ハワイの製糖産業は一気に活性化します。そして、世界各国から移民を受け入れていくことになります。この、もっともややこしい時代に王になってしまったのが、カラカウア王です。カラカウア王の活躍は次回。
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.................つづく
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