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カテゴリー:ハワイと父

ハワイと父(2)


Post-416/22の続きです。

父はもともと心臓に持病があり、糖尿病も併発していて毎日インシュリンの助けが必要でした。
今回の入院は命に別状はないものの楽観できる状態ではありませんでした。
僕たちは迷いましたが半年後の5月にビーチタワーを押さえました。
本人に何か目標を持ってもらいたいという思いでした。

翌年の3月には介護が必要なものの週末に外泊の許可がもらえるまでになりました。
とはいってもハワイまであと2ヶ月弱、この状態で海外旅行ができるのか、僕たちは迷っていました。


しかし、4月7日の朝、事態は急変することになります。
朝6時の検温の時、父は看護婦さんと言葉を交わしたそうです。
そして、7時の朝食の時には息がありませんでした。
後に看護婦さんが父と交わした言葉を教えてくれました。

 「ロンドンの宝くじが2億円当たったんだ」

父の最期の言葉です・・・

父さん、なんて言葉を残してくれたんだ(笑)
そんなわけはないと思いながら、探しに探しましたよ。
勿論ありませんでしたけど・・・

さて、5月のハワイですが、僕たちは迷うことなく出発しました、父の写真を持って。
ビーチタワーの部屋に入るとまず父の写真をテーブルの上に飾り、
あとはいつものように買出しに行ったり、アラモアナSCを流したり、夕飯をとり、
DFSをのぞいた後、カラカウア通りをブラブラしながら10時頃部屋に戻りました。

その直後、

トントン!

ノックの音です。
まだ部屋に入ったばかりでドアの近くにいたので「はい」と僕は返事をし、
すぐにドアを開けました。

誰もいませんでした。

ビーチタワーに泊ったことのある方はわかると思いますが、1フロアーに4部屋しかなく、
そのためエレベーターホールも狭く、フロアーのほぼ全て見渡すことができます。

確かに誰もいませんでした。

妻と顔を見合いながら、二人同時に父の写真に視線を移していました。

妻 「来たんだね」
僕 「うん」

霊の存在を信じますかと聞かれれば、信じませんと答える自分ですが、
この時はごく自然に来たんだなと思いましたし、また来てほしかったんだと思います。
不思議な感覚でした。


そしてその10ヵ月後、年齢的にも半分諦めていた一粒種が誕生する事になります。

ハワイと父(1)


Post-16僕の結婚式に同行してハワイに一発KOされた父は、帰国するなり

父 「次はいつ行く?」
僕 「帰ってきたばかりでまだ予定がたてられないよ」
父 「10月くらいはどう?」
僕 「まだちょっとわかんないな」
父 「そうか・・・」
僕 「来年、行こうよ」
父 「そうか・・・」

1996年5月の終わりの話です。
その後暫くこの話は忘れていたのですが、ある夏の日、電話がありました。

父 「ホテルと航空券を3人分手配してほしい」
僕 「えっ!だから僕たちは・・・」
父 「いや、友人の親子に声をかけたら行くというので10月に3人で行ってくる」

聞けばその親子は初めてのハワイ、そして父は2度目。
ツアーじゃなく、個人手配で行きたいと言います。

僕 「大丈夫なの?」
父 「なんとかなるさ」

旅行はそれなりに楽しかったようですが、
やはり、70近い父は緊張と責任感で少し疲れたようです。
しかし、ますますハワイに惹かれた様子で、どこで調べたのでしょうか、
作ってきたBUS PASSを誇らしげに僕たちに見せ、

父 「写真を撮るときにさ、日本だったら笑ったら怒られるだろ」
僕 「そうだね」
父 「でもさ、向こうの係りの人はさ、もっと笑えって言うんだよ」
僕 「へぇ」
父 「More Smile!って何回も言うんだよ」
僕 「そう」
父 「なんかいいよな」

BUS PASSには病気がちで普段あまり笑わなくなっていた父の精一杯の笑顔が映っていました。

翌年、一緒に行く約束をして僕たちは別れました。

父が倒れたのは、それからまもなくのことです。

すみません・・・続きます。