モーハワイ☆コム

カテゴリー:マナオ(思い)

フラレアのブログ



更新しました。
日本で出会うフラダンサーへの手紙?
http://www.hulalea.com/diary/hula/blog.php?year=2012&mon=10&bn=2


クムフラ、オブライアン・エセルの言葉



2009年のメリー・モナーク出場前に受けたテレビ・インタビューでオブライアン・エセルが語っていたこと(僕が監修&翻訳で携わった日本版DVDに特別映像として収録されたインタビューから)

「(メリー・モナーク出場にあたって)トレーニングはとても重要です。
クムフラの手腕にかかっていますが、それがすべてではありません。
私の師のこんな言葉が自分を戒めてくれています。
彼女はこう言ったんです。
『オブライアン、覚えておきなさい。あなたがどんなに優れていても、結局は生徒次第なのよ。自分の訓練が最高だと過信してはいけません。優れた実力はダンサーのものよ』」

「大切なのはフィーリング。なぜならフラはフィーリングそのものですから。私は完璧さを求めるのではなくフィーリングと流麗さを大切にします。そうすると自然に完成されたものになるんです。
メリー・モナーク出場者、観客、フラを愛するがゆえに集まった人たち、みんなをつなぐのはフィーリングです。
パーフェクトであることにこだわっていては、ハワイらしさが失われてしまいます。だってフラが表現するのは風や雨、地震、海などの自然、そして、アロハなんですから。」

「日本、メキシコ、アメリカ本土、いろいろなところでフラが見られます。
ハワイの私たちのフラを、彼らも踊りたいと思っています。
世界の人たちが気づき始めています。
フラが心の安らぎをもたらしてくれることを。
私たちのフラ、そして私たちが暮らすハワイは特別なのです。
あなたの人生を変えてしまうくらいに。」



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モンクのピアノとフラダンサーの手



村上春樹のエッセイのなかにこういうのがありました。
偉大なジャズ・ピアニスト、セロニアス・モンクが「あなたの弾く音はどうしてそんなに特別な響き方をするのですか?」と質問されてこう答えたそうです。
“It can't be any new note.When you look at the keyboard, all the notes are there already. But if you MEAN a note enough, it will sound different.”
「新しい音があるわけじゃない。すべての音は最初からキーボードに並んでるんだから。ただね、ひとつの音に本気で意味をこめて鳴らすとね、違った響き方をするものなんだ」
というような内容。
僕にはこの言葉がとても響きます。
モンクが言うからすごいのだけど。
楽器にはそれぞれその楽器の音階がすでに存在している。それをどのように響かせるかは、演奏する人のこめる思い次第。
言葉、文章だってそうですよね。同じ言葉でも、書き手のこめる思いによって違って響いてきます。
そしてフラ・ダンサーなら手の動きだなと思うのです。花、風、海、なんのモーションであれ、ひとつの動きをするその指先に、あなたがどれだけ強い思いで意味をこめるかによって、伝わる響きは大きく違うでしょう。
セレニアス・モンクがピアノの一音一音に意味をこめるように、1モーション1モーションにしっかりと意味をこめて踊るフラダンサー、最高だと思うのです。




辞書を引こう



「面倒くさがらずに、辞書を引く。このことがとても大切です」
(伝える力2 池上彰)


「情けは人のためならず」という言葉がある。情けをかけること、人に親切にすることは、やがて自分にも良いことが帰ってくるからいいことなんだよ、という本来の意味とは反対の間違った解釈をする人が多い、という例をあげて、 間違った日本語を使わないためにも、語彙力を高めるためにも、そして「伝える力」を養うためにも、辞書を引くのは大切なことだと池上さんは書いている。

日本語が乱れている、とはずいぶん前から言われていることだけれど、時代は変わりつつある。重い辞書を本棚から取り出さなければ調べることができなかったことが、今は本棚が近くになくても、手元のスマートフォンの辞書アプリを開けばすぐに調べることができる。電子書籍リーダーなら、読書しながら画面上の言葉を指でなぞれば意味がポップアップしてくれる。言葉の意味を調べることがこんなに気軽にできるようになったのだから、これからは日本語がもっと正しく使われる時代になっていくのではないだろうか。そうあってほしい。
フラダンサーにとってのハワイ語も同じ。わからない言葉はすぐ辞書で調べよう。面倒くさがらずに。

こんな便利ツールあります。




Happy New Year!



フラナビ・ブログの読者のみなさまへ

2012年は、今まで以上に日本のフラ・ダンサーのかたがたとの交流を深める年にしたいと思っています。日本とハワイの橋渡しになれるよう、これからも活動していきますので、どうぞよろしくお願いします。
日本で、ハワイで、お会いできるのを楽しみにしています。

Aloha,
Daisuke



ALOHAの意味



ブログでも雑誌の記事でも、批判的なことを書くのは避けたい。
それが文章を書くときの個人的な姿勢。

ハワイのこと、フラのことについて書かれたものを読んだり、語られることを聞いたりして、ときどき感じる「違和感」というものが僕にはある。そのことについて僕は誰をも批判をしたくないし、そんな立場でもないと思っている。でも、ひとつだけ書かせて。

ALOHAの意味について。

ある仕事で若手の女性ライターのお手伝いをした。
ハワイのフラについて取材記事を担当する彼女のアドバイザー的な役割だった。自身もフラを習い始めてとても楽しんでいるという彼女は、フラについて知的好奇心旺盛で取材への取り組みも、僕への質問も、的を得ていて的確な対応が感じ良かった。そんな彼女がまとめた記事の最終チェックをしたとき、ひとつだけ気になるところがあった。フラの精神についてのコメントの中でこれを引き合いに出していたから。

  ALOHAは5つの言葉の頭文字
  Aは Akahai 思いやり
  Lは Lokahi 調和
  Oは 'Olu'olu 優しさ
  Hは Ha'aha'a 謙虚
  Aは Ahonui 忍耐

見たことある人も多いでしょう。
これはアロハ・チャントという唄の詞からの言葉。ALOHAという言葉の持つ深い意味と、ハワイの人たちが大切にする価値観についてわかりやすく伝えています。
彼女の文のなかに、これを参照にしている部分があり、それが小さいけど大きい誤解を招く書き方だったので、書き直しをすすめました。ALOHAという言葉がこれら五つの言葉の頭文字を組み合わせて作られた単語だ、というふうに解釈され得る書き方だったから。
素直な彼女は、「そうじゃないんですか?!」と驚いて返信してきて、そう思い込んでいたことを打ち明けた。

先日、ハワイで行われた日本の企業のインセンティブ・パーティーのMCの仕事をしたときに、再びこれを目にすることになった。それはイベント会社があらかじめ用意してくれた台本の中にあった。「ハワイにようこそ」的な最初の挨拶の部分で、ハワイ語の有名な挨拶の言葉「ALOHA」は5つの言葉からできていて、五つの意味があるのです、というような内容だった。
「だから違うんだってば。五つの言葉からALOHAができたのではなくて、ALOHAという言葉があって、その意味を五つの言葉で表現しているんだよ−!!」
心の中で叫んだ。
だいたいイベントのオープニングでいきなりそんなこと言われても、と僕なら思う。で、書きかえた。

それにしてもアロハ語呂合わせ説、なんでこうなるのか?
うーーーーーん・・・・
考えさせられた。

ようするにたぶんこういうことだ。
Aloha Chantの唄に込められたものが、そのわかりやすさ、取っつきやすさ、標語好きな日本人好みのため(?)に、あまりにも安易に取り上げられ、使い古されていこうとしている。そしていつの間にか、意味は本末転倒、誤った解釈が一般化していこうとしている。

フラガールのライターも、イベント会社の人も、悪気はぜんぜんない。ただ、どこか雑誌だかネット上の記事やブログで見つけたALOHAの言葉に対する新しい情報が気に入って、それを伝えたかっただけなのだ。きっと、どこかの誰かがもっともらしくALOHAの意味について書いた受け売りの言葉を、そのまま鵜呑みにしたのだ。

「ALOHAとはこういう意味です」
日本人がしたり顔でハワイについて受け売り情報を言ったり書いたりするその行為に、僕は違和感を感じているのだと思う。受け売りでなくするためには、そこに伝える側の個人的な体験や思いが従わなければ、説得力は生まれない。受け売りができてしまう人は自分に説得力のかけらもないことに気づかない。
そしてそういう情報を盲目的に受け入れ疑わない人たちがいるのもまた事実。そこにもどかしさを感じる。

「ALOHAの意味」のことはひとつの例に過ぎない。
ALOHAの言葉の意味はハワイ語辞典をひけばいろいろ書いてある。
(もちろん5つの意味を持っているとか、5つの言葉の頭文字でできた言葉であるとは書いてない。)
言葉の意味を自分の言語の言葉に置き換えることと、その言葉を理解すること、自分の血や肉にすることとは全然違う。だって僕は「愛」という日本語の一単語でさえ、十分に説明できる自信さえない。それをできるという人を僕はたぶん信用しないと思う。ALOHAは教えるものでも押しつけるものでもない。
「感じる」こと、「心の状態」だと思う。
そして、それは行動でしか表現できないものなのかもしれない。

僕は“あなたが感じる「ALOHA」”についてなら喜んで聞くけど、「ALOHA」とはこういう意味だ、こうあるべきだとか説明しはじめる人の話は聞かない。

あくまで個人的な感情だけど、
アロハの意味について人に聞くのも、聞かれるのも、人に教えようとする行為にも、僕は違和感を感じています。ただそれだけ言いたかったのだと思います。


クイーン・リリウオカラニはこう言ったそうです。
“Aloha is to learn what is not said, to see what cannot be seen and to know the unknowable.”
「アロハとは、語られていないことを知り、形のないものを見る目を持ち、そして不可知の存在を知ること」

鵜呑みにするなら、こういう言葉♪



>>

アンクル、ありがとう



あなたがハワイのフラ文化継承に果たした多大なる貢献も、ハワイの外、特に日本にフラを積極的に伝えた教祖的存在であることも、いつか改めて書かせていただくことにして、今はただ感謝の気持ちで虹の向こう側に渡るのを、静かに見送ります。
向こう側でイオラニさんと再会するアンクルを想像しながら。

いろいろなところでご一緒させていただきましたが、特に2年前の八丈島での数日間はとても印象に残っています。ふたりで乗り合いバスに揺られて語り合った時間は、ずっと忘れないでしょう。
日本でこんなに多くの人に愛されるようになったフラに、そしてそれを踊る人たちのなかに、あなたが伝えたかった大切なことが、いつまでも生き続けますように・・・

(ジョージ・ナオペ氏は昨日の朝、亡くなられました。
ニュース記事はこちら↓)
http://www.honoluluadvertiser.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/200910261204/BREAKING01/91026056


モノマネ



日本人の踊るフラは、ただのモノマネか?
コピーはしょせんコピー?

The Boom の宮沢和史さんが書き歌った『島唄』。
彼は当時この曲を発表するべきか悩んだという。
沖縄に対して特別な思い入れを持つ彼が、歌に託した思い、願いは言葉とメロディーによく表れていた。しかし彼は悩んだ。沖縄の人間でない自分にこの歌を歌う資格があるのか。沖縄人でないお前に何がわかる、そうはっきり指摘するものさえいたという。
悩んだ末、ある対談で一緒になった沖縄のシンガー、喜納昌吉さんの次の一言でふっきれたという。

「魂までコピーしたら、それはモノマネじゃない」

そして島唄はリリースされた。その後のことはご存知の通り。

メリー・モナークの日本人



メリー・モナークを観に来る日本人の数は目に見えて増えている。
それによる問題もある。
ハワイの人たちが会場に行けない。ハラウのファミリーでさえチケットを取るのが困難になっている。会場に日本人の数が多くなった。そのため英語のアナウンスを理解しない人たちが会場でのルールを破るというケースが多くなった。今年からだと思うが、ついに会場で日本語による注意事項のアナウンスが行われるようになった。今年からメリー・モナークのチケットの裏には日本語で注意事項が印刷された。 指摘されてきた日本人のマナーの悪さに対処するための策だ。守られなかった注意事項がこれで守られるだろうか。

今回会場で偶然会った、知り合いのハワイアン女性は、たった今経験したことを驚きと悲しみの表情で僕に話した。
会場がオープンし、自由席に向かう彼女と彼女の息子を突き飛ばして、日本人奥様グループが後ろから我先にと駆け込んで席の奪い合いを繰り広げたそうだ。

こんな人たちにフラの何がわかるのだろうかと、日本人の僕は悲しくなってくる。