モーハワイ☆コム

アーカイブ: 2011年5月

ニーマンマーカス限定、バタフライ型クッキー



ハワイから、
かわいいかわいいバタフライが飛んできました。

ニーマンマーカス限定、
ホノルルクッキーカンパニーのバタフライクッキー


パイナップルの形がポイントのホノルルクッキーですが
バタフライ、かわいい〜
リリコイ味(ピンク)なんて、食べるのもったいないくらいかわいいです



午後のおやつにいただきました

今度ハワイへ行ったら、お土産にしたいな〜

ロコモコランチ@アロハテーブル



連休明けのランチは、
ロコモコ@アロハテーブルからスタート。

赤坂のアロハテーブルは、
お店の前にテラス席がせり出ていて
さらにテントのような屋根がついています。
風も通るし、明るいし、とても清々しい気分。

ロコモコセットは、サラダとフリードリンク・フリースープがついて
950円。(たぶん)
ロコモコの味も、3種類くらいから選べます。

テリヤキロコモコを頼んだので、味は少し濃いめでしたが
久しぶりにレモネードを飲んで
食後にコーヒー(10%コナコーヒーとのこと!)も飲んで、
テラスでくつろいで…。

ムフフなランチタイムでした。

ゴールデンウィーク2011



心待ちにしていたゴールデンウィーク、
もう終わっちゃいますね〜。
あっという間だったなぁ。。


ほんとうは、ハワイへ行きたかったんですが…。


前半は東京で過ごし
後半は東北へ。
宮城県で、お手伝いをしてきました。

県外から人員の受け入れをしている団体がとても少なくて
やっと見つけた団体も、短い期間では、受け入れが難しいとの返答。
諦めかけていた時、知り合いの伝手で紹介していただいた団体さんが
受け入れて下さることに。

そんなわけで
宮城県のある町で、個人宅の津波被害の片付け隊に加わりました。


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以下の内容は、ピヨコが見て、感じたことです。
『地震と、地震による津波被害』と、ひと言で表現される事態でも
地域や地形によって、まったく異なる状況だったり、違いもあると思います。
実際に現地をご覧になったり、家族や友人知人、関係者の方がいらしたり
詳しい情報をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。
また地震や津波によってもたらされた、さまざまな問題も依然として残されています。

このブログはあくまでも、今回のお手伝いの旅をもとに、
ピヨコの個人的な意見・見解として書いています。
以上のことをご理解の上、読んでいただければ幸いです。
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ピヨコ、恥ずかしながら、
津波は『波』だから、水のイメージを抱いていたんです。
『水害』だと思っていたのです。

でも実際、津波被害を受けた場所で広がる光景は
水が運んだ軽いものから重たいものまで、うず高くつみあがった漂流物。
水害としての、浸水の被害ももちろん大きな問題ですが
時間が経って水が引いたあとは
物害の方が大きいように感じました。

小さなものは、藁とか泥とか魚とか、身近に存在しているものが多くて
大きなものは、車とか鳥居とか、家の柱や梁、畳なんかまで流れ着いています。
排水溝のフタなどのコンクリートの塊も、流されています。

ピヨコが伺った地域は、津波の水位が大人の胸〜首くらいまで上がった地域。
でも海に向かって2〜3分歩くと、すぐに頭上の高さに。
家が全壊、半壊していたり塀が根こそぎ倒れていたり
1階部分がなくなっていたりします。
10分歩くと、駅が崩壊して線路に車が乗っています。
津波が運んだ泥が、自動販売機のウィンドウの中に詰まり
藁と泥の混ざったものの跡が、2階の高さに残っていました。

畳や柱、梁などの大きなものは、初期に自衛隊が撤去してくれたそうです。
あとは住人たちが片づけています。
(自宅から少し離れたところに漂流物などを積み上げ、印をつけておきます。
 ゆくゆくは、自衛隊が撤去してくれるそう)
その、お手伝いをしてきました。

枯れ果ててしまった庭の木を切り倒したり
見渡す限りの藁や土を集めて運び
フェンスや柵を取り除いたりブロックを掘り出したり
下水が逆流してヘドロが家の中に広がってしまった状態のお宅で
こんもりと広がったヘドロを掻きだして拭いてきれいにしたり
床をはがしてもぐり込み
家の床下に入ってしまった海水やヘドロを掻き出したり吸い出したり…。

人手でなければ進まないし、多くの人手を必要とする作業ばかりでした。
夢中になって動いたけれど、身体はホコリまみれ、泥まみれ。
ヘドロ作業をした人は、ヘドロまみれに。(もちろん、においも…)
たった2日だけお手伝いしただけで、筋肉痛で体はガチガチ。
男手でなければ難しい重たい資材運びなども必要で
高齢の方にはとくに、重労働になるだろうと感じました。

短い期間しか行かれなかったけれど、いろいろなことを考えました。
笑顔を見せていただけて、少しはお力になれたのかな、とじーんとしました。
これから、何ができるだろうと、考えました。

そして、お手伝いのためにパイプ役をしてくださった団体や
資材や(その町の社協で、岐阜県から送られたスコップをお借りしました)
宿泊できる施設を提供してくださった方々、また
いろいろとお気づかいいただいた、お手伝い先の地域の方々に
心からの『ありがとう』をお伝えしたいです。


誰もがいつでも、足を運んでお手伝いできるわけではないし
お手伝いが欲しい内容や必要とする地域も、
時を経るごとに、だんだんとと変わってくると思います。

お手伝いだけではなく、東北に旅行をしたり、現地で消費をしたりという行動も
次第に必要となるでしょう。

関東以西の地域でも、たとえば外食をしたり消費をすることも
日本経済を支える大きな力となるでしょうし

義捐金を送ったり、活動団体や市町村に支援金・物資を送ったりすることも
現地の方々や現地で動く人を助ける、大切な力となるでしょう。

国内・海外旅行だって、巡り巡って
日本という国を支える力となるのだろうと思います。


東京は、以前に比べて多少は暗いのですが
日常を取り戻しているように見えます。
たった200キロ先で起きていることが、信じられないくらいに。

そんな毎日を過ごしていると、気持ちの上で
風化とまではいかないまでも、薄れていく部分があると思います。

日常に戻るのは、とても大切なこと。
緊張してガチガチの気持ちのまま、ずっと暮らせるものではありません。

でも、何となく
危機感というか、『何か行動を起こそう』感も
少なくなっているように感じるのも事実です。


気持ちは緩めて、日常を暮らしながら
できることを、少しずつでも、コツコツと。

そうやって続けていくことが大切だな、と感じた
ピヨコのゴールデンウィークでした。

photo:漂流物などを積み上げた山。しばらくしたら、自衛隊が片づけに来るそうです。